episode:3-12 【晴読雨攻】
「とりあえず、先程会ったやつの顔や服装の特徴を教えてくれ。まだ探していたのなら、捕まえてくる」
「……勝てるんですか?」
俺がヨミヨミに尋ねると、彼は気負った様子もなく頷く。
「一人や二人、あるいは十人ぐらいまでの能力者なら問題なく倒せる。今は曇りとは言え、雨も降ってない程度だから光量も充分だ」
「……似顔絵描くんで、五分ぐらい時間ください」
セーラのペンと紙をを勝手に借りて、一色の手付きを思い出しながら紙にペンを走らせていく。
「うわ、うまっ。アキトくん、こんな特技あったんだ。シキちゃんと被ってる」
「一色が絵を描くのを何度も見ていたから覚えた。まぁ……アレからすれば赤子のような児戯だろうけどな」
世間的には普通に絵が上手い程度だろう。
一色と比べることすら出来ない児戯だが、顔立ちを伝えることぐらいは出来る。
「えぇ……見てたら出来るようになるってものでもないでしょ」
「生まれつき器用なんだよ。と、こんなところか」
書いた絵をヨミヨミさんに渡すと、彼は頷いて外に出ていく。これから戦闘になるかもしれないというのに、気負った様子は毛ほども見えないままだ。
机の上に置かれた塩の袋を見て眉を顰めてから、傷の治療を再開する。
「えっ、えっ、自分で縫うの? 麻酔は?」
「麻酔はやめておく。この範囲の傷に麻酔を使ったらやることが増えるから効率が悪い」
「麻酔ってそういう問題じゃないと思うよ……私は」
縫合しながら、まどかに目を向けた。
「今更だが、怪我はないか?」
「私の怪我の心配より前に、せめて見ながらやって……ないよ、傷は。あったとしても麻酔なしで縫われるから言わないよ」
「他人は縫わねえよ。……服貸してやるから、シャワー浴びてこい」
「ん……覗かないでね?」
「馬鹿言ってないで早くいけ」
簡単な処置を終えて、傷口をアルコールで拭いて消毒してから服をゴミ袋に入れて縛る。
ベッドに入れば血で汚れるかもしれないと思い、椅子に座ったまま机に寄りかかる。
今後、どうするべきか。今までのように外で活動するのは難しいだろう。代わりに得たのはこの謎の塩と麻薬の混合物だけだ。
手がかりになるのだろうか。
ヨミヨミがあの青年を捕まえて来られたらまた話は変わるが、あまり期待は出来ない。
スマホを取り出し、連絡が何も来ていないことを確認してからセーラに電話する。
十数コール待っていると、セーラの陽気な声がスマホから聴こえてきた。
『おーっす、どしたのアッキー』
「敵側の異能力者に遭遇した。逃げられたが、一応警戒と、あと……一色の引越しを頼む。手早く必要なものをまとめて、こっちに来てくれ」
『えっ、あー、うん。色々聞きたいけど、ちょっと引越しは難しそうかも』
「何かあったか?」
『何か……というか、シキちゃんが、絵を描いてる? いや、それだと何もない感じっぽいんだけど、何もないというわけじゃなくて、大問題というか?』
切迫した状況、というわけではないようだが……セーラの声や言葉はひどく困惑の色を見せている。
「……よく分からない。分かるように頼む」
『シキちゃんが絵を描いてる』
「ああ、それで?」
『終わり』
「さっさと連れてこい」
『いや、それがね……。うーん、凄すぎて止めれない。というか、近くにいたら頭がおかしくなりそう。アッキーはよくこんな光景を目にしてたね』
「……意味が分からないんだが、確かに手の動きは凄まじかったが」
『……あれ? これは普段と違うのかな?』
「とにかく、一色の身の安全が最重要だ。あとでヨミヨミさんとそっちに向かうから、荷物をまとめといてくれ」
『りょーかい。でも、シキちゃんを止めるのは無理だからね』
電話を切ってスマホをベッドに放る。
ヨミヨミが探し終わるまで、数時間は粘るだろう。それまで休んでおくか。
まどかが出たら俺もすぐに浴びれるようにタオルと着替えを用意して、ゆっくりと目を閉じる。
疲れた。一色の安全が確保出来たらさっさと休みたい。
しばらく目を閉じて待っていると、トントンと足音が聞こえて目を開ける。
まどかは女子にしては少し背が高いが、それでも俺の服では大きかったのだろう。ブカブカなシャツを無理に着て、ズボンは不釣り合いな女物のベルトで無理に留めて裾が折り返されている。
随分と不恰好な姿だが、彼女は気にした様子もなくベッドに飛び込む。
「あー、疲れたー。枕からアキトくん臭がするー」
「自分から飛び込んどいて文句言うな」
「文句は言ってないよー」
「……シャワー浴びてくる。セーラやヨミヨミさんから連絡が来るかもしれないから、電話が鳴ったら取ってくれ」
「えっ、傷開いてるのに浴びて大丈夫なの?」
「そんなまどかみたいに長時間浴びるわけじゃない。汗と血を流すのに体を拭くのも面倒だしな」
雑にシャワーを浴びて、さっさと着替える。
部屋に戻ってまどかと話をしようと思っていたが、そのままベッドの上で寝息を立てていた。
彼女の上に布団をかけて、欠伸をしながら冷蔵庫を開けてコーラを取り出す。
流石にいくら疲れていると言っても同じベッドで寝るわけにもいかないだろう。
まどかの寝息を聞きながらコーラの缶を開けて、レポートを手に取る。
……セーラにはああ言ったが、フラれたばかりで……会いに行きづらい。会いたくはあるけれど。
「あー、何か奇跡が起こって惚れられたりしねえかなぁ」
一色にも好きな人がいたりするのだろうか。
ヨミヨミとか、俺が倒れたときに颯爽と登場して龍人を追い払ったりしたんだよな。あれ、顔も整っているし……モテそうだ。
いや、そもそも……命懸けで守っても惚れられないなら、もう何をしても無理だろう。女の恋愛感情はよく分からないけれど。
どうにかして一色を我が物に出来ないか悩んでいると、いつの間にか結構な時間が経っていたのか、目を覚ましたまどかが不思議そうに俺を眺めていた。
「あれ? さっきから読むの全然進んでない?」
「ああ、少し考え事をしていてな」
「あー、さっきの異能力者のこと? 真面目だねー」
「いや、どうすれば一色を手に入れることが出来るかを考えていた」
俺がそう言うと、まどかは『うえー』と顔を顰めながら頰をかく。
「いや、フラれたなら諦めなよ」
「そうしたいのは山々だが、俺は恋愛経験がないから、諦め方が分からない」
「……押しまくるってのは引かれると思うよ?」
「好かれるのには見切りをつけて、離れられなくしようかと思っている。幸いと言うと悪いんだが、一色は親族もいないし寄る辺もなく、それに常識やらにも欠けているからな。一人で生きていくことが出来ないから、そこに俺が収まればいいかと考えている」
「……えーっと?」
「具体的には、他の人間があまり深く関わらないように仕向けて、一色の身の回りの世話をするというだけだ。周りに俺しかいなければ、選ばれる可能性はあるだろ」
まどかは苦笑いをしながら首を傾げる。
「冗談?」
「本気だ。手伝ってほしい」
「……いや、手伝うって……ええ……うーん、いや……それはダメじゃない?」
「違法ではないだろ。見返りなら、俺が出来ることなら何でも用意する。時間もいくらでもかける」
「いや……そう言われても、欲しいものとかないし……。というか、シキちゃんのためにならないし……」
「……誰かが一色の面倒を見る必要があるのは確かだろ。他の奴も短い期間なら大丈夫だろうが、ずっとって訳にもいかない。俺なら出来る」
「……アキトくん、ちょっと落ち着いた方がいいよ。顔怖いよ?」
まどかの言葉で少し我に返り、彼女から目を逸らして頭を下げる。
「……あー、悪い」
「アキトくん、案外アレなところあるね。いい人なだけかと思ってたけど」
「……好きなんだよ。一色が」
ガリガリと頭を掻き毟る。
痛むはずの傷口が痛くない。強く掻きむしっている頭も。なのに、何もないはずの目が、嫌に痛い。
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