episode:3-11 【晴読雨攻】
傷を上から抑えて出血をマシにさせながら息を吐き出す。
怪盗は心配そうに屈んで俺の顔を覗き込んだ。
「……アキトくんって、本当さ」
「……なんだよ。説教なら聞く気はないぞ」
「馬鹿だよね」
言葉とは裏腹に優しげな笑みを浮かべた怪盗は、地面にそのまま正座をして、壁にもたらさせていた俺の頭を膝の上に持っていく。
「……余計な世話だ」
柔らかい膝の感触。先程まで動き回っていたからか、少し熱く汗の匂いもする。けれど、心地はいい。
「流石に、こんなボロボロな人をそのまま寝かせっぱなしには出来ないよ」
「……血、付くぞ。スカートに」
「もう付いてるよ」
気にした様子もなく、怪盗は俺の額を撫でる。
妙な安心感に、深く息を吐き出した。
こんな状況を助けに来たヨミヨミに見られることになるのか。そうは思ったが、気だるさのせいか、あるいは心地よさのせいか、怪盗の膝から頭を上げる気にはなれない。
「……怪盗」
「んー?」
「ありがとう」
「……ん」
怪盗は軽く頷きながら、俺のポケットをまさぐって怪盗のスマホを取り出し、怪盗のバッグから俺のスマホを取り出してポケットに戻す。
「じゃあ、ヨミヨミくんに位置情報送っておくね」
捨てていなかったのか、俺のスマホ。
まあ、敵に拾われるよりかはありがたいか。
ほんの少し、またあの青年が追いかけてこないか不安に思っていると、スマホの操作を終えた怪盗がゆっくりと俺は頰を撫でた。
「アキトくんはさ、あの時……一緒にいたのが、一色ちゃんじゃなくて私だったらさ。同じようにした?」
「あの時っていつだよ」
「……ごめん、なんでもないや」
怪盗は俺から目を逸らす。
彼女の黒い髪が、サラサラと風に揺られる。
「……龍人と会って斬られたときの話だったら。怪盗でも同じようにしただろうな」
パチリ、と怪盗の大きな目がゆっくりと瞬きをして、彼女は気恥ずかしそうに自分の頰をかく。
「将門 円だよ。怪盗じゃなくてさ、名前」
「知っている。……まどか」
「うん」
「血も止まったから、少し寝ていいか?」
「ん、いいよ。でも、あの人とかヨミヨミくんが来たら起こすからね」
怪盗、まどかの膝は柔らかく、汗の匂いも不快ではなく少し良い匂いだ。コンクリートの地面は固く、背中が痛いが……眠るのにはちょうどいい。
目を閉じる。身体が寝始めているのを、意識では知覚するが、意識がなくなることはない。
異能力により、死を先延ばしにしたことによる副作用のせいだ。
普段はこの金縛りのような感覚が気色悪く、眠るのが苦痛だったが、今は不思議と嫌な気分ではない。
数分後、走って現れたヨミヨミの足音で身体が起きて目を開ける。
「あ、ヨミヨミくん」
「よかった……生きてはいるか」
俺はゆっくりと頭をかきながら体を起こして壁にもたれさせる。
ヨミヨミは走ってきたのだろうが息を切らした様子はなかった。
「出血で見た目は酷いが、傷が開いただけだから、そんな騒ぐほどの怪我でもない」
「いや、騒ぐほどでしょ」
「……とりあえず、安全な場所まで護衛を頼む」
「ああ……仕方ない状況だったのは分かるが、気をつけろよ。立てるか? 背負おうか?」
「歩くぐらいなら問題ない」
こんな血まみれで歩いて通報されないか不安だが、まさか救急車を呼ぶわけにもいかない。ヨミヨミに先導されながら、人気のない裏道を通って歩く。
「……それにしても、異能者が直接襲ってきたか。異様だな」
「リスクを犯してまで、手懐ける価値があると思いますか? 龍人は」
「ないな。色々問題があるのは当然として……さほど強くない。拳銃やショットガン程度なら殺せないが、対物ライフルぐらいを使えばなんとかなる程度の手合いだ」
それが『強くない』の範囲か。
「生身の人間で倒せる程度を暴れさせるのより、普通に強い人間を使った方がいい。多少実験のために放置しているなら分かるが、負ける可能性がある中で……表に出てくるのは、いささか不自然だ」
「……隠す気があるような物には見えないがな、そこら中にあるわけだしな」
まどかが持っている袋を手に取ってヨミヨミに手渡す。
「それを見つけて回収していたら襲われた」
「……塩か? いや……いくらか、粒の大きさがおかしいな」
ヨミヨミはポツリ、と、こぼすように呟いた。
「食塩と麻薬が混じっている」
「えっ、ま、麻薬?」
「おそらくな。俺もあまり詳しくないから成分を調査しなければ分からないが……用途を考えると副交感神経系を優位にさせるものだろうな。リスクを無視すれば異能力のドーピングになる」
「そんなもの、そこら中に放置してたのかよ……」
「ほかに何かあったか?」
「いや、物は。だが気になることがひとつあります。俺たちを襲った男、人種が分からない。……どの人種にも見えるというか、酷く混血が進んだような……」
ヨミヨミに連れられて個人の書店らしい店に入ったと思うと、そのまま店の奥に行き、不相応な地下への階段を降りる。
「……元の人種が分からないほどの混血か」
「そう見えました」
本当にどこにでも出入り口がある組織だ。
まどかが不安そうに俺の身体を支えながらゆっくりと階段を降りる。
「一応、覚えがある。大昔から色々な国の人間を集めたりしていた島国があってな」
「……そんな国、ありましたか?」
「一般的には知られていない国だ。異能力や魔法やら……異世界やらと、馴染みが深い国で、地図にもなく人工衛星からも隠されている」
無茶苦茶な話だ。
そう思いながら、ヨミヨミの話を聞く。
「人口のほぼ全てがトリリンガル以上の多言語話者で、コロニストないし、異能力者だ」
「……冗談じゃないですよね?」
「異能力に対する研究も盛んで、他国を差し置いて圧倒的に技術を持っているな」
「……あの、少し気になったんですけど。異能力って人間にしかないですよね? それの研究が盛ん、というのは」
ヨミヨミはこちらに目を向けることなく、かつかつと歩く。
「ああ、人体実験だな。今回にも当てはまるような」
「……本当なら、とんでもない。というか、そんな連中に勝ち目があるんですか?」
「異能力関連の技術力なら、セーラがいる限り負けることはない。あとは物量だが、こちらのホームでやる以上は問題ないはずだ。……たぶんな」
歯切れの悪いヨミヨミの言葉に、まどかは俺の腕を強く掴んだ。
「……たぶん、か」
「ああ、たぶん……だ。確実とはいかない。表に出てきたこともそうだが、龍人の放置に、麻薬に、と……かなりリスクを犯してまでやってきている。馬鹿げていると言ってもいい。……医者を探してくるから、部屋で少し待っていろ」
「道具があれば手当てぐらいなら自分で出来るんで大丈夫です」
見知ったトンネルに出て、まどかに腕を引かれながらいつもの部屋に戻る。あの部屋はセーラの研究室も兼ねているので、ある程度の道具は置いてある。
「あの、ヨミヨミくん。私達顔見られたけど大丈夫かな?」
「しばらくはこの地下で潜伏していた方がいいかもな。護衛を付けるだけの人的余裕はないが、人を食わせるぐらいなら問題ない」
「……一色も呼ぶ必要があるか。何度も俺やまどかと共に出歩いているんだ。狙われる可能性は十分にある」
軽率な行動だったと、改めて反省をする。
いつもの部屋に戻り、棚からいくつかの道具を取り出してから上を脱ぐ。
まどかの不安そうな顔を一瞥してから、簡単な処置をしていく。
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