episode:3-8 【晴読雨攻】
人気のない道というのは、自分自身もあまり通らないので覚えはないものだが、先程の調べ物のおかげでなんとなく見当がつく。
微妙に嫌な気分だが、無駄にエロサイトを巡回しただけにはならなかったのはありがたい。
「あっ、タピオカ、いいなー」
「……飲みたいのか?」
「うーん、お小遣いないからいいや」
「お前、金持ちだろ」
「いやー、前も言ったけど盗んだお金は私欲のためには使わないからさ」
「律儀なことで結構だな。……どうせ何か飲み物は欲しくなるだろうから、買っておいてもいいが」
「えっ、おごり? げっへっへ、ご馳走さまです」
現金なやつだが、まぁ別にいいか……。それよりも並ぶのが面倒くさい。
機嫌良さそうに列の後ろに並んだ怪盗の隣に行く。並んでいるのはほとんど女性客で、怪盗の隣にいるとは言えど、少しだけ気まずい。
「んー、アキトくんはどれにする?」
「コーラとかないか?」
「そこら辺の自販機で買いなよ」
嬉しそうにメニューを選んでいる怪盗の横顔は、他の若い女性客と変わらない楽しそうな表情をしている。
普通だな、とそんな感想を覚えるほどには周囲に溶け込んでいた。
「タピオカミルクティを二つー」
怪盗が注文をして、俺が会計を済ませる。
店員からカップを受け取った怪盗は俺にぐりぐりとカップを押し付けながら、へらりと笑う。
「まぁまぁ、いつまでも拗ねないで、これでも飲んで元気を出しなよ」
「なんでお前が奢ったみたいな言い方をしてるんだよ。あと、いつまでもって、さっきフラれたばっかりだ」
「アキトくんも、付き合えるとは思ってなかったでしょ?」
「……まぁ、それはそうだけど、あんなハッキリと拒絶されるとは思っていなかった」
「……ど、ドンマイ!」
「まぁ……『命懸けで守られたから仕方なく義理で頷く』のよりかはマシだったと思おう」
「あー、まぁあそこまで尽くされてたら、かなり断りづらいよね。私がシキちゃんなら、『好きだ』どころか『結婚して』と言われても断るのは難しいかも」
「……それぐらい嫌われていたのか……」
まぁ、一色が交際するのよりかは幾分かマシ……いや、嫌々でもいいから交際したかった。
深くため息を吐き出していると、怪盗に背中をバンバンと叩かれる。
「まぁまぁ、人生色々あるものだよ。命懸けで守って、死にかけたあとも命懸けで守ろうとしても、その子にフラれることもある。それも恋愛ってもんだよ」
「お前、わざと俺の傷を弄ってないか?俺も理解はしていたけど、改めて言語化されると相当キツイぞ」
「人生色々あるって言っても、あれだけいい感じになってたのに次の瞬間にフラれてるって人はなかなかいなさそうだけど」
「わざとだな? わざと人の傷をえぐってるよな?」
怪盗は嬉しそうに笑っていて、俺は若干の憎しみを覚えた目で怪盗を睨みつける。
「でも、まだ続けるんでしょ?」
「……ほっとけ」
タピオカミルクティを飲んでみると、しつこい甘さが口に広がり顔をしかめてしまう。
普段なら美味いと思ったかもしれないが、今は少し避けたくなる甘さだ。
片手でぶら下げるように持ちつつ、ゆっくりと人混みから離れる。
「……それで、とりあえず歩いて妙な物を探すか」
「そんな簡単に見つかるかな?」
「怪盗の考え、誘導するようなものがあるなら見つけるのは難しくないだろ。耳まで水の鎧で覆っている龍人はどう考えても感覚器官が人間よりも落ちているからな。そんな奴でも見える程度のもので、なおかつ余りありふれたものではなく、そして雨に流されないものだ」
「んー、ついでに人に持っていかれる可能性が高いのもダメか。そうなると、そんなのが存在したらパッと見つかりそうだね」
「ひたすら歩き回って何もなければ諦める。まぁ、何も見つからないなら見つからないで、収穫だと思おう」
怪盗はズルズルとタピオカミルクティを吸いながら頷き、口を離して唇を拭く。
「りょーかい。何か見つかったら暦史書管理機構の方には報告する?」
「場合によるが、基本的はする予定だ。そう言えば、今のうちに聞いておきたいんだが、怪盗は黒幕を知ってるんだよな」
「いや、売った相手は多分、下請けの下請けの下請けの下請けぐらいだと思うよ。ちょっと探ったら色々とヤバそうなのが出ちゃってね」
「……ヤバそうなのが出たって、それを知りたいんだよ」
「いや、無関係なヤバそうなの。多分、調べたら別の組織のことも目に入ってくるようなやり方をしていて、辿り着く頃には知りすぎて敵だらけになって人生詰みそうな感じ」
「人力のtorみたいな感じか」
無理矢理、探るにしても怪盗の仲間頼りとなると……怪盗は頷かないだろう。
「まぁ、そんな小細工を使う必要がある程度の奴らということだろう。象が草むらに身を隠すか? 隠れる奴はその程度だ」
「ん、いいこと言うね。そういう自信満々なの好きだよ」
戦って勝てない相手ではない。
そう意気込みながら、人気の少ない道や公園を選んで歩いていく。
爪の隙間に赤い絵の具が残っていることに気がつくが、わざわざトイレによって手を洗おうという気にもなれず、放っておきながら周りを見渡す。
「怪盗、何か見つけたか?」
「んー、何もないね。視点を変えた方がいいのかな?」
「視点か……。怪盗の寝床ってここから近いか? ハシゴが欲しい」
「ハシゴなら持ってるけど」
怪盗はバッグから重そうな棒を取り出し、かちゃかちゃと分解し組み立ててハシゴを作る。
「折りたたみハシゴって……。なんか、乗るの不安だな」
「チッチッチ、甘いよアキトくん。 これは特注のハシゴで、銃弾にも耐えられるようになってる超硬度のバトルハシゴなんだよ」
「バトルハシゴってなんだ」
まぁ、強度に問題がなく、手軽に持ち運べるならいいものだ。
怪盗は組み立てたハシゴを手に持って首を傾げる。
「ん、視点を変えた方がいいって言ったけど、そういう意味じゃないよ?」
「龍人の方が背が高いから、龍人の目線に合わせた方がいいということかと」
「あー、まぁそれはあるかも。じゃあちょっと見てくるね」
怪盗はその場に立てたままのハシゴをするすると登り、ハシゴの上から周りをキョロキョロと見回す。
何にも立てかけていないハシゴを見ると、倒れないか少し不安になるが、下手に支えるのよりも放っておいた方がいいだろう。
「怪盗、何か見つかったか?」
「んー、ちょっと待ってて」
怪盗を見上げると、彼女は風で揺られるスカートを押さえる素振りもしておらず、子供っぽいピンク色の下着が見えていた。
「怪盗、見えてるぞ」
「ん、何か見つけたの?」
「いや、そうじゃなく、パンツが見えてるから押さえろよ」
怪盗は慌てて片手でスタートの端を抑えながらハシゴを降りて、勢いよく俺の頭を叩く。
「痛え……俺、一応怪我人だぞ」
「変態。なんか、いっつもアキトくんにパンツを覗かれてる気がするんだけど」
「奇遇だな。俺も会うたびに怪盗の下着を目撃してる気がする」
「そんな変態だからシキちゃんにフラれるんだよ!」
「一色は関係ないだろ……そもそも見たくて見てるわけでもないし、一色のも見たことがない」
「まぁ、シキちゃんはいつもズボンだから覗き込んでも見えないよね」
「俺がいつもパンツを見ようとしてるみたいな風評被害はやめろ」
怪盗は赤くなっていた顔が収まってきてから、ゆっくりと頷く。
「あったよ。ちょっと変なのが。近くに寄ってみないと分からないけど」
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