episode:3-7 【晴読雨攻】
俺は岸井 一色に惚れている。
どこが好きかと聞かれると『顔』と答えてしまう程度には彼女のことを何も知らないうえ、先程告白してフラれたばかりだけど、惚れてしまっていることに変化はない。
それにまだ、出会って間もない。
深くため息を吐き出しながら、絵の具の付いた服を脱いで、適当に別の服を着る。
とりあえず、やるべきことをやろう。
龍人の目撃情報はセーラが集めてくれているだろう。怪盗と連絡を取って黒幕について探るか、連携のために角やヨミヨミの能力を知っておくか……。
いや、塩の在り処を調べるべきか。
龍人の変化には水と塩が必要で、あの場には塩水が散らばっていたが……普通、塩なんてそこら辺に落ちているものでもない。
人間の体液の塩分濃度は0.85%だ。あれの変化に使われた水の量が、おおよそ200kgだとすると、1.7kgもの塩分が必要となる。
海やらならまだしも、街中で調達するのは難しいだろう。
誰かが買い物帰りに落っことしていったとしても、一般家庭なら1kg程度のはずで……体重などの見積もりに誤差があったとしてもあまりにも不足している。
考えられる可能性としては三つの可能性だ。
1.龍人に変化する前の人間が能動的に塩を集め、変化した。
2.龍人が少量の塩で多少変化してから塩を集め、完全に変化した。
3.龍人に誰かが塩を渡し、変化した。
1の可能性は高いとは思えない。理性を失う姿に自分からなるとは思えない。本能的に塩を求めるのであれば、雨やらが振らずとも自宅の風呂とかで変化して大暴れしそうだ。
2も同様に変化のハードルが低いのであればもっと気軽に変身して問題になっていそうだ。
そうなると、3の第三者が変身させたと考えるのが妥当なところか。
黒幕か、黒幕に唆されたか雇われた誰かか。
だとしても追うような手立てが……あ、あるか。
パソコンの検索エンジンを立ち上げて、都内で野外で全裸になっている人を探そうとして、急に背後で何かが落ちてくる音を聞き振り返る。
「ストップ、ストップ、私いるからっ!」
怪盗が手をパタパタと動かしながらこちらに来る。
「一色のこと、任せたはずだが」
「それはセーラ・シュタインを置いてきたから大丈夫! 私いるからそういうのはダメっ!」
「……お前に任せたんだが。セーラのことはそれほど信頼していない」
「あっ、私のことはそんなに信頼してたんだ。って、そうじゃなくてっ」
「……まぁお前が来てくれたのは都合がいい」
怪盗は顔を真っ赤にしながら、首をブンブンと横に振る。
何をそんなに焦っているのか不思議に思いながら、敷いていた座布団を譲るように怪盗の方にやると、彼女は小動物のように後ろに飛び跳ねた。
「む、無理だよ! 私、経験ないからっ! というか、一色ちゃんにフラれたから私って節操なさすぎっ!」
「お前は何を言ってるんだ」
「またエッチなことするつもりでしょっ! ケダモノ!」
「……いや、何の話をしてるんだ」
怪盗はビシっと、パソコンのモニターを指差す。
「エッチなの検索してるじゃん」
「……いや、龍人が変身したら、元に戻ったときに服が破れてなくなってるだろ? 理性を失くしているんだから、変身する前に脱ぐとも思えないしな。一番分かりやすいと思って探していただけだ」
赤く染めたままの顔を、怪盗はぎこちなく動かして目を明後日の方向へと向ける。
「あの、ひとりでその……そういうことしようとしてたんじゃなくて?」
「色ボケか。というか、フラれたとこを見られていたのか」
見られていて何か変わるというわけでもないが、気を使ってそっとしておくぐらいは出来なかったのか。
「まあ……ドンマイ」
「うるせえ。これでも普通に辛いんだよ」
「まあまあ、恋愛ってのはそういうものだよ」
「お前、訳知り顔で言っているけど、さっき『私、経験ないからっ』とか言ってただろ。知ったかぶるなよ」
「……まあそれはさておき、フラれたのにまだ手伝うんだ」
「……ほっとけ」
「健気だねー」
怪盗はいそいそと俺の隣に座り、顔を寄せてモニターを見る。怪盗の少女らしい匂いで一色のことを思い出して少し落ち込みながら、マウスを動かして操作する。
「まぁ、確かに元が人間なら、変身が解けたら裸になるよね」
「ああ、それに変身中は雨が降っているから外にいる人も少ないだろうが、変身が解けたときは雨も止んでいるだろうからな」
探すのなら全裸の人間だ。
怪盗と二人でインターネットを調べるが、出てくるのはそういったシチュエーションのアダルト映像や画像ばかりで、目当ての情報は出てこない。
「うわぁ……こんな格好で……恥ずかしくないのかな……」
怪盗はもぞもぞとミニスカートが捲れているのを直しながら呟く。
「さあな。仕事だから大丈夫なんじゃないか? というか、そもそも風景の映像と合成したとかじゃないか?」
「そうなのかな? シキちゃんなら見たら合成かどうか分かるかな」
「絶対に見せるなよ」
「はいはい。と、でも、合成だとしても裸で撮られてるよね……というか、公開されてるし」
「仕事なんだろ」
「絶対無理だ、そんな仕事……」
そりゃそうだろう。
「別のページ開くからマウス貸せ」
「あ、うん。というか、何だろうね。この、ふたりで真面目な顔をしてエッチなの見てる状況は。気まずい」
「検索の仕方が悪いのか? いや、そもそも目撃情報がネットにない可能性もあるか」
「うーん、どうだろう。流石に目立つだろうしなぁ。でも、龍人も目立つのにそっちも見つからないとなると、少し不思議だね」
「……黒幕が服を渡しているとかか?」
「かもしれないけど……うーん、そんなのされたら不信感ありありだよね」
どこまで黒幕が手を出しているのか分からない。
無駄にふたりでエロ画像を眺めつつ、思考を巡らせていく。
「……なんかこう見てると、結構みんな同じような道を通ってるね」
「ああそうだな。やっぱり撮影しやすい場所とかあるんじゃないか? 人気が少なく、木やら塀やらで周りから見えないとか」
「ん……あ、龍人もそういう場所を通ってるのかな?」
「……理性があるならそうかもしれないが」
「……例えばさ、龍人が『人参に寄ってくる』みたいな性質があったら、人参を置くことで来る場所を操ったり出来るよね」
「まぁ……無理じゃないか」
「だったら逆にそういう人があまりいない場所に行って、何か変なものを探したら見つかりそうじゃないかな、龍人の痕跡とか、操ってる痕跡とか」
そんなに簡単な話だろうか。そうは思ったが、何もしないのや、ここで怪盗とふたりでエロ画像を眺めているのよりかは建設的だろう。
というか、そろそろ気まずさが限界だ。
同じような気まずさでも、一色となら良かったのだが……フラれたばかりだ。
「……行くか」
「怪我は大丈夫なの?」
「心配をするな。 心配されると、一色のことを思い出す」
「うわ、めんどくさくなってる」
「フラれたばっかなんだよ。これぐらい荒れてもいいだろ」
怪盗がパッと立ち上がり、ミニスカートがフワリと揺れる。
「雨も降ってないから、ないとは思うけど、もし龍人が出たら、置いて逃げるからね」
「その方が全力で逃げれるから助かる」
見捨てると言いながら、怪我をした俺に手を差し伸べて、立つのを手伝おうとしている怪盗を見て、思わず苦笑する。
「いっそのこと、龍人が出た方が手っ取り早いんだけどな」
「はいはい。じゃ、行こっか」
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