episode3-5 【晴読雨攻】

 三人で少し待っていると、扉が開いてヨタヨタと酒臭いおっさんが入ってきた。


「おー、セーラー、休日なのに呼び出すなよー。あれ? なんで二人いるんだ?」

「もー、角さんったら。私は元々二人に分裂するタイプだよ」

「おー、そうだったか」

「適当なことを言うなよ。……セーラ、これ、大丈夫なのか?」


 赤ら顔に髭面。身体つきは多少筋肉質にも見えるが、鍛えているというようには見えない。

 年齢は40代から50代前半ごろだろう。ぱっと見はダメそうなおっさん、という印象がとても大きい。


「おっと、そっちの坊主と嬢ちゃんが例のアレだな。えーっと、たかしくん?」

「惜しい」

「惜しくねえよ」

「ああ、わざとボケただけだって、あれだろ? ほら……な?」

「惜しい」

「惜しいも何も、まだ何も言ってないだろ。……そもそも知り合いじゃない」


 酔ったおっさんは俺の向かいの席に座り、手に持っていた袋から5袋ほどのさきいかを取り出す。買いすぎである。


「いるか?」

「いらない。セーラ、コレ大丈夫なのか?」

「まぁ、独身おっさんってのは休みの日は昼間から呑んだくれてるものだよ。あっ、角さんさきいかちょうだい」


 セーラはさきいかを一袋強奪し、俺と一色の前に置く。


「あー、ビール欲しくなるね」

「あるぞー、一緒に飲むかー?」

「おー、のむのむー」

「飲むな馬鹿」

「アッキーもどう? もう二十歳でしょー?」

「おー、たかしくんも、もう二十歳かー。昨日会った時は小学生だったのに、最近の子は成長はやいなー」

「どんだけ成長早くても年齢の進みは一定だろ。どんな時空で生きてんだ」

「まあまあ、たかしくん。そんなにプンスカせずに飲みねえ」


 セーラに無理矢理ビールの缶を口に突っ込まれ、口に苦い味が広がる。ごくり、と少し飲んでしまうが、すぐに缶を持って顔を離す。


「……お前なあ」

「いやいや、たかしくん。どうせ今日はただの顔合わせだし、治療でアルコール消毒したりしたときに反応なかったからたかしくんが飲める人ってのはちゃんと分かっててやってるよ」

「そういうちゃっかりしているところは腹が立つな。というか、俺はたかしくんじゃない」

「タキシさん、どうどう」

「混じってる、名前が。しかも、若干たかし寄りだ」


 ため息を吐いて、口の中の苦さを誤魔化すためにさきいかを口に含む。


「それで、タキシードくんや」

「もはや誰だよそれ」

「ヨミヨミももう着くってさ、怪盗ちゃんもコンビニで離れただけならすぐに戻ってくるんじゃないかな」

「ああ、来たみたいだな」


 怪盗とヨミヨミは丁度扉の前で会ったのか、ほんの少し気まずそうな雰囲気をしながら部屋に入り、怪盗は一色の隣、ヨミヨミはおっさんの隣に腰掛けた。


「お前ら……三人して既に酒を開けてるのか」

「ほら、歓迎会も兼ねて? みたいな? ヨミヨミも飲みねえよい」

「今日は晴れているから。酒なら後で付き合ってやる」


 呆れたようにヨミヨミはため息を吐く。俺は被害者だと言うのにひとまとめにされている。


「あっ、ヨミっさんジュースあるよ。はい、シキちゃんも」


 怪盗はサンマクリームソーダという得体の知れない飲み物を一色とヨミヨミに渡す。


「じゃあ揃ったところで、乾杯しよっか。いえーい、龍人対策本部結成記念だぜー」

「……俺、ビールのまま乾杯するのか?」


 そもそも、めでたい話というわけでもないのに……そう思いながらもセーラに合わせて缶ビールを持ち上げる。


「うぇーい、じゃあ自己紹介からしていこっか。私はご覧の通り美少女だよ」

「紹介になっていないだろ。 ……こっちにいる小さいのが、今回の読んだら龍人化する絵を描いた画家の岸井 一色だ。その隣が将門 円。俺が時雨 秋人。一色の付き添いというか……まぁそういうものだ」

「どもー、よろしくね」


 怪盗はへらりと笑いながら、一色はおずおずと小さく頭を下げる。


「俺は全員知っているか。 こっちの酔い潰れて寝ている男は、角 金剛……休日だからこうなだけで、普段はちゃんとしているからそこは安心してくれ」

「……一番顔合わせをしないといけない人物が寝ているんだが」

「まぁ、長い人生そういうこともあるよね」


 人生のせいにするな。このおっさんを除けば、この中で年長者はヨミヨミか。まだ会っていない二人も『くん』や『ちゃん』と付けていたことを考えると、セーラよりも歳下のようだし、随分と年齢層が若い。

 不満があるわけではないが……大丈夫なのかと心配もしてしまう。


「じゃあ、ちゃっちゃと決めることを決めちゃって、楽しくおしゃべりとかしよっか」


 決めること、か。セーラのその言葉を聞いて、缶ビールをわざと音が出るように置き、視線を集める。


「リーダー、隊長、まぁ名前なんてどうでもいいが、まとめ役は俺がやる。いいな?」

「おー、積極的だね。そのこころは?」

「戦闘になった際に戦うことになる奴は指揮系統が成り立たなくなりやすいから除外だ。最悪死んだときに困る」

「まー、死ぬことはないと思うけど、それで?」

「怪盗はそちらが信用しきれないだろう。何せ、一度は黒幕と取引をした奴だ。一色はどう考えても適正に欠ける。それに、作戦の中核となる作業をするのにリーダー業まで任せるのは負担が偏りすぎる」


 そうなると、残りは俺とセーラだ。

 セーラは軽く眼鏡をかけ直し、俺の目を見つめる。


「んー、それなら組織に元々所属してる私が自然じゃない? アッキーはお客さんなわけだしさ」

「お前らは一色が必須だが、俺たちにはお前達は必須ではない」

「いや、私達いないと戦力不足でしょ」

「戦う意味はないからな。でも、お前らは違うだろ」

「被害を抑えるのに必要ってだけで、必須じゃないのは一緒じゃないかな」


 それは、龍人を治すことを諦めて殺めるという意味か。ヨミヨミに一瞬だけ目をやると、彼は俺のことを見定めるように目を細めていた。


「ヨミヨミさんが、龍人を撃退した」

「それがどうしたの?」

「セーラの言う『必須じゃない』が真実なら些か不自然だ。ヨミヨミさんのレーザーは、文字通り光速での攻撃だ。あめで威力が減衰したとは言えど、龍人に逃げを選ばせるだけの威力があったのなら、後ろから撃ち殺すのは不可能でもないだろう。逃せば他に被害が出ることを考えると、追撃しなかったと考えるのも不自然だ。恐らく脚を撃ち抜いた。が、龍人の脚はほとんど水の塊で、実際の肉ではないからダメージにはならなかったことで逃げられた。二度以上撃てただろうし、一撃目が効かなかったのに、再度確実な急所を狙わなかったことを考えると……仕方ないから仕留めるか、という考えにはなっていない。特に、その頃、ヨミヨミさんは一色のことを知っていないからな」


 詭弁だ。絶対に殺さないとまでの意思があるとは限らないし、とりあえず捕らえて幽閉するぐらいなら出来る可能性は残っている。一色の絵による回復よりかは、そちらの方が幾分か可能性が高い。


 だが、詭弁でいい。嘘でいい。

 重要なのは、この場限りでもヨミヨミの意思をこちらへと持ってくることだけだ。


「でも私は、不慣れなアッキーが下手に率いる方が危険が増すと思ってるからね。それなら手を借りるのを諦めて切り捨てた方がいい」


 当然の指摘であり、それに反論する術はない。

 そもそも俺は一色の身を守ることだけを考えているのだから、そこを突かれれば論が出なくなる。


 だが、論を出す必要はない。


「怪盗」

「……あー、はいよー」


 怪盗は鞄から包まれた絵を取り出す。 一色が描いた、怪盗の絵だ。

 絵が見えるまでは訝しげに見ていたヨミヨミの目が見開かれ、瞬きを忘れたようにその絵を見つめ続ける。


「……怪盗。もういい」


 怪盗が絵を下げて、俺はセーラに向き直った。


「さっきの質問の答えだ。 セーラ」


 彼女の眼鏡の奥に見える瞳を見つめる。


「裏切れなくさせてみろ」

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