episode:3-4 【晴読雨攻】

 一色の身体は小学生の中ごろ程度の身長で、体格も華奢だ。

 当然のように胸も薄く、どこを取ろうとも幼い姿。


「顔……ねえ。まぁべっぴんさんではあるよね、子供っぽいけど。でも、怪盗ちゃんとか、私もなかなかに美人だと思うけど?」

「……好みの顔つきとかあるだろ」

「ロリコンさんだったか」

「そうじゃなくてな……こう、まぁ、好きな顔立ちだ」

「……」

「やめろ。 俺をそんな目で見るな」


 ジトリとした目から逃れるためにレポートを読むフリをするが、呆気なく取り上げられる。


「ん、私はアッキーがシキちゃんを好きになった理由、なんとなく分かるけどね」

「……俺でさえ分からないのに、分かるはずないだろ」


 セーラの目がこちらに向き、見透かしたように口元を軽く上げる。


「ひとりぼっちが寂しかったんでしょ。分かる分かる」

「……いや、いくら友達が少ないからと言ってな」

「そうじゃなくてね。……自分が特別に優れてるってのは、寂しいことだよ。自覚してるかどうかは別としてね」

「……一色と俺は方向性が違うだろ」

「ひとりぼっちってのは、一緒でしょ。まぁ、寂しさを紛らわせるためだけなんて、ロマンチックじゃないことは言わないけどね」


 自分が特別に優れている、とまでは思わない。

 俺は一色とは違い、常識的な範囲で要領がいいだけにすぎない。セーラやヨミヨミのように異能力者でもなければ、怪盗のように特別な活動をしているわけでもない。


「馬鹿馬鹿しい。好意を抱いた理由を探しても、仕方ないだろ」

「いやー、他人の恋バナって気になるじゃん?」

「その感覚は分からないな。他の人間がどう盛っていようがどうでもいい」

「盛るって。今の話の流れだと、アッキーもそうなるけどいいの?」

「恋やら愛やらって、そんなもんだろ。繁殖するための」

「ええ……自分含めて人間を馬鹿にしすぎだよ」


 普通に、恋愛感情なんて交尾をして繁殖するためのものだろう。

 そう思っていると、セーラは唇を尖らせてムッと尖らせて俺を見る。


「まぁ、人によるか」

「気を遣って揉めないように意見を曲げたってのは分かるんだけど、そこをなくしたらアッキーがシキちゃんに欲情してるってところだけが残るよ」

「本人に伝わらないなら問題ない」

「ああ、一応本人には知られたくないんだね。なんか安心したよ」

「嫌われたくないからな」

「……妙なところで普通だなぁ」


 妙なところでも何も、俺は至って普通の考え方しかしていないだろう。


「それで、最後の質問は?」

「んー、そうだね。じゃあ、これを聞こうかな。……犯人を見つけたとき、あるいはその犯人が接触してきたとき、裏切らない?」


 ドアの前に人が摺り足気味に立つ音が聞こえ、急いでセーラをベッドから落とす。

 俺に文句を言おうと立ち上がったセーラの顔に枕を押し付けて話せないようにしていると、扉が開いて一色が入ってきた。


「おはよーございます。んぅ……喧嘩してるんですか?」

「もごっ、まごっ……」

「い、いや、枕投げ的な遊びをしていただけだ。それより、怪盗は一緒じゃないのか?」

「もごっ、むぐっ……」

「怪盗さんはコンビニでお菓子とジュースを買ってくるそうです。何でも、せっかく初顔合わせなんだから楽しく盛り上がりたいとかで」

「……ノリが中高生かよ」

「まぁ、年齢的には」


 そうだったな。枕をセーラから離すと、セーラはズレた眼鏡を直しながら俺を睨む。


「アッキーさ……私に対する扱いが酷くない?」

「誤解されるよりマシだろうが。と、これからどうする? 部隊が決まったから顔合わせをするんだよな?」

「あー、うん。どこでする? ここか、会議室か……あっ、畳のある部屋もあるよ」

「何人の予定だ?」

「こっちが五人でそっちが三人の合計八人だね。 二人欠席だけど、それでもちょっと手狭だから会議室に行こっか」


 ヨミヨミとセーラ、他に三人か。

 思っていた以上に少ない。怪盗にメールを送り、場所を変えることを伝えてから部屋から出て、トンネルを少し歩いて会議室に入る。


 長机が四角形になるように配置されていて、セーラが上座の席に座る。訳を一番知っているセーラが司会というか、まとめ役を務めるのだろう。


 あまり一色が不安になるような席の配置は避けたい。俺自身はセーラ近くの扉側の席に座り、隣の席を引いて一色を座らせる。

 こうすれば俺と怪盗の間に座ることになるから、多少は気が楽だろう。


「まぁ、すぐに来ると思うけどちょっと待っててね」

「……セーラとヨミヨミさん以外の三人はどんなやつなんだ?」

「あった方が手っ取り早いけど、今日くるのは角さんって適当な感じのおじさんだよ。今日来ないのは、現在アメリカから航空輸入中のパツキン美少女のリリィちゃんと、最悪の事態に備えて別の場所にいる水元くんだね」


 水元という名前を聞いて、しばらく会っていない後輩の少女を思い出すが、『くん』と付けられているし、普通に別人だろう。


「角さんは炭素を操る能力者で、出力はそんなに高くないけど汎用性が高い能力を持ってる実力者だよ」

「炭素って、幅が広すぎないか? それに、炭素に強い思い入れがあるというのも意味が分からないが」

「使いやすいように、わざと自分で能力を改造してる人だからね。そういうものと受け入れてちょ」


 まぁ、強いなら文句はないか。


「リリィちゃんは水を操る能力者で今回の件では重要な役割を担う感じだね、アメリカ支部にめちゃくちゃ頼み込んで借りてきたの」

「ああ……色々と使えそうだな。 それは」

「ヨミヨミの雨で威力が減衰しちゃうのも、少しはマシに出来るから相性もいいしね」

「……信用は出来るのか?」

「だからこっちから呼んだんだよ。最後に水元くんは、対異能力者戦闘に特化した異能力者で、異能力を無効化する技を持ってるよ。アッキーが会うことは多分ないけど」

「……最悪の事態にならなければか?」


 セーラは頷く。

 最悪の事態に備えて別の場所にいる。というのはどういうことだろうか。

 俺にとっての最悪は一色に害が及ぶことだが……セーラにとっては違うだろう。少し頭を悩ませてから、理解する。


「ああ、海にいるのか。奴らの元になった水龍は海に住んでいることから海が得意であることが考えられるし、変身するための材料である水も塩も海には無尽蔵にある。それにこちらの動きが大きく制限される上、逃げられればどうしようもなくなる」

「リリィちゃんを海の方に行かせようかとも思ったんだけど、ヨミヨミとセットで扱いたかったからね」


 それは、出来れば会いたくないものだ。

 というか、近場の沿岸地域なんて広すぎるがひとりでカバーしきれるのだろうか。 ……いや、雨天以外は海の近くの川にいればいいだけか。


 近場以外から海に逃げられたとしたらどうしようもないが、そんな対処方法が一切ないのなら諦めるしかないだろう。

 あくまでこの近辺に住んでいるものだけ、と根拠はなくとも制限して考えなければ仕方ない。


「正直、人数こそ少ないけど、かなり強いメンバーを集めれたよ。抑えておきたかった人はみんな抑えれた」

「……今回、人数がいる場合だろ。広域を守るのに少数精鋭でどうにかなるとは思えない」

「アッキーは優しいなぁ。ほっとけば情報は出てくるから大丈夫だよ」

「……セーラ、お前な」


 そりゃ、放っておけば被害が出て居場所も把握出来るだろう。

 それはセーラ達、暦史書管理機構においても避けるべき事柄で、俺にとっても一色が傷つくことを思うと出来る限り避けたいことだ。


「全部をカバーってのは、現実的じゃないからね。全部ってどこなんだろ? ってところから始まるよ。龍人が出た地域? それの周りも含める? 都内全域? 関東? 日本? アジア? 世界全部? ある程度は見切りをつける必要があるでしょ」

「……だとしてもだ。 少なすぎる。ある程度、場所に目星をつけられている状況ならまだしも……。いや、多少は目星はつくが」


 少し険悪な雰囲気に押されたのか、一色が怯えたように俺の手を握る。


「……無理を言ったか」

「いやいや、アッキーがプンスカするのも当然だよ。ちゃんと考えはあるから安心して」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る