episode:3-3 【晴読雨攻】
「んー、六回も質問出来るとなると案外困るね」
「そもそも、お前の方は俺に聞きたいこともないだろ」
「ん、そうでもないかな。怪盗ちゃんのこととか気になるよ」
「……アレのことで、俺が知ってるのは名前ぐらいだぞ」
セーラは再びベッドに寝転がり、下から覗き込むように俺を見る。
「怪盗ちゃんとはどうやって知り合ったの?」
「一色の絵は価値が高い。それで盗みにきた怪盗を捕まえたことで知り合ったな」
俺とはそういうつながりだ。一色は連作シュイロンを盗まれたことで知り合ったようだが、それは言う必要もないだろう。
「じゃあ一色ちゃんとは?」
「喫茶店と間違えて彼女の家に入ったことがキッカケで話すようになった。異世界やら龍やらはその後に知った」
「ほー、それは運命的だね」
「そうでもないだろ」
ベッドから脚を下ろすようにして座り、端に避けていた研究レポートを手に取ろうとして、下から伸びてきた手に止められる。
「別に読んでいてもいいだろ。大した話をするわけでもない」
「ん、じゃあ大した話をしようかな」
セーラはごろりと寝転がったまま、真面目そうな表情をする。
「……身体に異変があるでしょ? もう麻酔も完全に抜けてるはずだからね」
「そりゃ、どう見ても怪我だらけだろ」
「……誤魔化すってのは良くないよ。君のためにもならないし、後で質問に答える私も誤魔化しやすくなっちゃうからね」
少しの沈黙が、地下で音が少ないこの部屋においては酷く静かに感じられる。時計の針が急かすようにカチリカチリと鳴って、俺が吐いたため息がそれをかき消した。
「異常に眠りが浅い。初めは不慣れな環境やら、死にかけた恐怖のせいかと思っていたが……麻酔のせいかもしれない程度には思っていたな」
「どれぐらいの感じ?」
「麻酔が切れてからは寝れていない。……というか、終始金縛りのような状態だな」
「わー、しんどそう。それは麻酔じゃなくて、異能力による治療……というか、死ぬのを防いだ影響だね」
「……死ぬのを防いだ?」
俺が尋ねるとセーラはゆっくりと頷く。
「まぁ気がついてると思うけど、致死量の失血だったからね。身体を治すより先に、こう……魂的なものを繋ぎとめて、それから身体を治した感じなの」
「…………魂とかそういうのは置いておくとして、それは何か問題があるのか?」
「んー、基本的には実際に見れたりするものでもないから説明は難しいし、無理矢理落とし込むような形になるわけだけど……」
セーラは枕を手に取って、片手で持ったままベッドの外に出す。
「枕が魂的なものだとして、普段はこうやって持ってるから大丈夫なわけだ。それで、この手がボロボロになって今にも離してしまいそうになったから」
セーラはもう片方の手で近くの椅子を引っ張り、その上に枕を置く。
「こんな感じで死なないようにしたわけだ。それからボロボロになった腕を治して……と」
「……台が残ったら何か問題があるのか? それだけ聞くと死ににくくなっているように思えるが」
「まぁ、ちょっと死ににくくはなってるかも。異能力で治療出来る人が近くにいなければ苦しいのが長続きするだけだけど。問題は……そういう風に魂を固定したら、意識がなくならなくなっちゃうんだよね。簡単に言うと不眠症になりやすい。どれぐらい死にかけているかにもよるけど」
腹の傷口に感じる痒みを誤魔化すように頭をかく。
「椅子を退かせる方法はあるのか?」
「んー、症例が少なすぎてね。そんな治療をわざと行えるのは私が知る限り一人しかいないし、そんなギリギリの状態なんて普通はその人のところに来る前に死んじゃうしね。そもそも死にかける人も多くないのもあるね」
「……少ない、ということは」
「あることにはあるよ。その人はかなり時間がかかりながらも自然治癒したけど、アッキーも同じように治るとは限らない。そもそも、その人自身が魂に干渉出来る異能力者だったから全然状況が違うかな」
保証はないだけで治る見込みはあると思っていいだろう。延々と金縛りに悩まされるのは非常に不愉快でストレスが溜まるが、まぁ死ぬのよりかは幾分かマシだ。
「まぁ、それは割とどうでもいいことだろ」
「いや……よくないでしょ」
「事件の解決とは関係ないからな。治療方法がないなら、前例に習って放置でいい」
「んー、まぁ過去に似たような症例がないかだけは調べておくよ。次の質問か……今、何回したっけ?」
「怪盗との出会い、一色との出会い、それに俺の身体の不調についてで三回だな」
「……ん、アッキーって結構優しいよね」
「……ほっとけ」
ニヤニヤと俺を見るセーラに歪めた表情を見せてから、椅子の上に置かれた枕を回収する。
寝転んだまま枕に手を伸ばして欲しがるセーラの頭の下に、枕を突っ込んでから、脚をあぐらに組み直した。
「じゃあ、四つ目の質問。なんで龍人を倒さなかったの?」
「……質問の意味が分からない。というか、成り立っていないだろう。そもそも俺程度にはあんな化け物は太刀打ち出来ない」
セーラは頭を細かく動かして枕のポジションを調整しながら、何の気もなさそうに続ける。
「んー、ヨミヨミの証言によると、龍人は打撲によって負傷していて、アッキーの手には殴って骨折した跡がある」
「俺の手の方が脆かったからな」
「龍人は暴れてたんだからそこら中に鉄パイプの切れた奴とか、コンクリートのかたまりとか落ちてたよね。それで殴れば倒せてたでしょ? 素手よりよっぽど扱いやすいだろうしさ」
俺が黙っていると、セーラは気に入った体勢になれたのか満足そうに姿勢を固めながら話す。
「龍人は水の鎧を纏っている……けど、感覚器が集中している頭部はどうしても薄くなるからね。拳が砕けるような威力で殴ったら顔の方も無事じゃすまないし、もっと硬いもので殴ったら普通に死んでたよ」
セーラは俺の表情を見て確かめるように形の良い唇を動かす。
「質問を変えようか。何でわざわざ『殺さない範囲で普通の生き物だったら怯んで逃げる』程度の攻撃をしたの?」
「……俺よりも怪盗に聞いた方がいい」
「ん?」
「俺は普通の学生だ。虫程度の大きさならまだしも、デカイ生き物を殺したことどころか、傷つけたことはなかった。……武器を持って殴ることが出来ないのは普通だろ」
「……あー、そっか。あー、そうだよね。うん」
セーラは腑に落ちたような表情をして頷いた。
「反省反省、ヨミヨミとかと同じ枠組みで見てたよ」
「……普通の良い人に見えたが」
「んー、まぁそれも否定はしないけど、ヨミヨミって正しいと思ったことは情緒的な迷いとか切り捨てて実行するタイプなんだよね。効率厨というか」
「結構なことだな」
そのせいで一色が死にかけた……と、考えると自己嫌悪が湧き上がるが、その反面、あの化け物が人であることを思うと殺さなくて良かったとも思ってしまう。
「じゃあ、あと二つ質問か……んー、一色ちゃんのどこが好きなの?」
「……突然つまらない内容になったな」
「聞くことがないから、あまり答えてくれなさそうなの聞こうかなぁって思ってさ」
そもそも一色のことを好いている前提なのか。
一色のことを思い出そうとすると、どうしても印象的に感じるのは、勝ち目がないのに龍人の前に出て俺を守ろうとしたことだが……アレより以前から好意を覚えていた。
その前となると、真剣な表情で絵を描いていた横顔が印象に残っている。
少し迷ってから口を開く。
「…………顔?」
「うわぁ、引く」
「普通、そういうものじゃないか? 胸が好きとかよりかはマシだと思うが」
「そりゃシキちゃんの超絶控えめな胸が好きってなるとドン引きだけど」
「一色の胸の話じゃねえよ。体目当てよりかはマシという話だ」
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