episode:3-2 【晴読雨攻】

 ポーカー、というかトランプゲームの基本技術であるカウンティングは一応はイカサマの範囲に含まれるが、頭の中のことのため露骨にメモでも取らない限りはイカサマと指摘されることはない。


 カウンティングの正確性により、確実な確率計算、運の要素を極力廃して良い役を作る。

 俺はそれを失敗することなく行える。否、行えすぎていたらしい。


「よし、降りるよ」


 俺がいい役を揃えた時は必ずと言っていいほどにセーラは勝負を降りている。

 役の強さなら俺の方が上だが、駆け引きの部分で大きく負けており、現状は五分五分……しかし、今までたまたま俺の方が運が良かっただけのため、このまま手を打たなければ負けてしまうのは間違いない。


 タネは分かっている。俺が入れ替えた枚数と今までに出たカード、セーラ自身が握っているカードから、俺の揃えた役を導き出して、俺が良い役を揃えたら降りるようにしているだけだ。


 読みを外させるためにブラフで最適解ではないカード入れ替えをしてみるが、それもある程度の範囲で読まれている気がする。


 常に一枚上手を行かれている。


 山札の残りがなくなり、セーラは丁寧にトランプをシャッフルする。


「あれ? 口ほどにもないね」

「……うるさいな」

「役を作るのは上手いけど、駆け引きは下手だねー。友達あんまりいないでしょ?」

「……少しはいる」


 一色とか。

 近くに置いていた水に口を付けて、少し冷静になる。


「とりあえず、覚えた」


 セーラの駆け引きのやり方。おそらく俺の考える時間から思考の方向性を察して、正確に役を揃えるか、駆け引きを狙っているのかを判別しているのだろう。

 トントン、と、指の先でベッドを一定間隔で突く。思考時間によって読まれるのなら、毎回同一の時間で決定すればいいだけだ。


「あー、そういうのは困るね。癖とか消すやり方をされると読みにくいんだよね」

「……だからするんだろ」

「アッキーは駆け引きは下手くそだけど、異能力とか抜きの単純な計算処理能力だと私よりも若干上っぽいんだよね」

「そりゃどうも」

「数字にして3ヨミヨミぐらいの処理能力。まぁ、駆け引きなしだとちょっと辛めだから……やめてほしい」


 何でだよ。真っ向からやめてくれと頼まれるとは思っておらず、少し動揺を覚える。

 少し息を整えながら、今までのセーラの手札の変え方や役によって変わる表情を思い出し、ある程度類型化していく。


「と、まぁ余裕出来るとそうなるよね」


 そして、それを利用してこちらも駆け引きによる価値を狙っていく。

 徐々に駆け引きによる負けが減っていき、感じていた不利がなくなっていく。セーラも無意識の癖を消すような動きをすれば良いものを、それをせずにジッと俺を見つめる。


「とりあえず、その頭を悪くさせてもらおうかな」

「……薬とかやめろよ?」

「そんなずるいことはしないよー」


 セーラは手札のカードを一枚入れ替えながら、白衣の裾を引っ張って隠す。


「ん、そう言えばさ、シキちゃんがヌードを描いてみたいって言ってるのは知ってる?」

「ああ、怪盗に頼んで断られていたな」

「私もシキちゃんに頼まれたんだよね」


 俺の手札を考えると、怪盗の手札はおそらくワンペアだろう。俺も同様にワンペアではあるが、4と数字が小さい。そのことはおおよそセーラも気がついているだろうから、降りるのがベターか。


「それがどうした」

「私も知らなかったんだけどね。ヌードのモデルって、モデルになる前、下着とかの線が付かないように、あんまり身体を締めるようなものをつけちゃダメらしいの」


 セーラは普段と違い、白衣の前をキチンと閉じている。


「それにどうしても多少着いちゃう服の線とかはファンデーションで隠したりするみたいなんだけど、シキちゃんの色彩感覚は異常に優れてるからね。ファンデーションの色と肌の色が違うと気になるらしくて」

「あ、ああ、塩水と真水を見分けられるぐらいだからな」


 目線を下に向ける。いくら前を閉めているとは言えど、その程度の丈ならいつも履いている部屋着が十分に見えるはずだ。だが見えているのは白いふとももだけで、胸元に目を向けても衣服の姿が見えない。

 尤も、それだけで中に何も着ていないという証拠にはなり得ないが……少なくとも上から見える範囲では白衣以外の衣服は見当たらない。


「んー、そんなにジッと見られると私もちょっと恥ずかしいなぁ」

「いや、お前から誘ってきたことを思うと、そういう仕込みだろう。なら、上から普通に見えないよう服を着ることだ」

「上から服が見えないようにする一番確実な方法は?」


 服を着ないこと……。だが、そんなことはあり得るのか?男の前で、さして丈が長いわけでもない白衣一枚で過ごすなど。

 しかし、セーラはそういうことをやりかねない雰囲気がある……というか、あまり頓着していないように思える。


 くねりとしなを作るような仕草をしたセーラは、ニコリと笑う。


「あれー、急に動きが雑になったね」

「……無駄なことを考えていた」

「アッキーのえっち」


 原因を作ったお前が言うな。気を取り直して集中しようとすると、セーラが脚を動かして体勢を変える。その際に白衣が動き、思わずセーラから目を逸らす。


 姑息な手だ。集中が乱されたせい、あるいはセーラの表情を伺いにくくなったせいで、徐々に負けが増えていく。


「……いや、気にしている場合じゃない。卑怯な策略にかかり、目的を見失うところだった」

「卑怯とは失礼な」

「下に何も着ていなかろうが、見えている範囲は普通の着衣状態とさして変わらない。平静を乱す材料にはなり得ない」

「普通にめっちゃ動揺してたけど」


 改めてセーラを見る。ベッドの上で半ば寝転がるように身体をこちらへと向けていて……中に服を着ていてはあり得ないほど露骨に身体の線が見えていた。


 俺は頭を壁に打ち付けた。


 そうこうしている間に負けが増えていき……セーラはニヤリと笑いながら俺に言う。


「ん、これでアッキーの残りの持ち点は10点だけ。私の勝ちは確実だね。それとも何か策でもあるかな?」

「……いや」


 ため息を吐くように、ゆっくりと息を吐く。期待したような目を俺に向けるセーラに告げる。


「俺の持ち点は0。セーラが60点で、そちらの勝ちだ」

「えっ……60点? いや、あっ……!」


 セーラは目を見開く。


「イカサマを指摘した時点で10点を得るルールだ。俺はまだ、セーラがやったイカサマを指摘していないから、持ち点は0だ。今はな」

「……私が六回質問をして、私の持ち点が0になったら最初のイカサマを指摘して……一回分の権利を得るってことか。これは、まんまとハメられたね。というか、せこっ。あまりにせっこい」

「お前の方が卑怯だろ」

「いや、アッキーの方がせこいよ。セコッキーだよ、もはや」


 初めから確実に勝てるとまでは思っていなかった。当然、質問回数は多い方がいいので可能な限り勝ちを狙いにはいったが、初めの段階から一つの予防線を張っておいた。


 セーラを煽るような行為を行い、セーラにイカサマを行わせる。その上でその行為をはぐらかすような言葉を使って持ち点に加算させず、ゲーム終了後、セーラが質問によって持ち点を使い切ってからイカサマを指摘することで確実に一回分の権利を得る。


「アッキー、あまりにせこすぎるよ。初めっから負けても勝つように動くって」

「……いや、お前の方が卑怯だろ。俺は普通に勝つつもりだったぞ。一応最低限の予防をしていただけで」

「正直、ここまで効果があるとは思ってなかったよ……」

「……まぁ、反省している。あんな露骨な嘘で平静を乱されるなんて」


 トランプを片付けながら言うと、セーラは不思議そうな表情で首をかしげる。


「えっ?」

「……えっ?」


 俺が驚いて目を見開くと、セーラはクスクスと笑う。


「アッキーって面白いぐらいすぐに騙されるよね」

「……ほっとけ」


 セーラが白衣のポタンをゆっくりと外すと、いつもよりも丈の短い部屋着が覗く。


「じゃあ、せっかくだから六回質問させてもらおうかな」

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