episode:3-1 【晴読雨攻】

「特技は……特にないな」

「脚が速いとかは?」

「特技ってレベルのものでもないだろ。好きな食べ物はステーキとか。今回の件で単位が落ちそうな大学生だ」


 今思うと、凄腕の画家に世間を騒がす怪盗という非凡な奴や、謎の秘密組織などに比べて、俺はあまりに凡人である。


「えっと、十六歳です。特技はお絵かきで、好きな食べ物は……コーヒーです。……幼稚園中退の無職です」

「……」

「幼稚園を学歴に含んでいる人間初めて見たよ」

「通ってなかったとしても、中学までは一応どこかに在籍はしてあるだろ」

「どうなんでしょうか……聞いたら分かるんでしょうけど」


 まぁ、社会復帰をするつもりでもなければ、行ったこともない卒業中学校などに興味は湧かないだろう。


「怪盗は学校通っているのか?」

「もくひー」

「……まぁいいか。連れて行く前にセーラへ連絡しておくか」

「電話番号知ってるんです?」

「この前聞いておいた」

「……あの、いや、何でもないです」


 スマホを取り出して連絡先からセーラの番号にかける。

 数コールの後、気の抜けた女性の声ではなく男の声が聞こえた。


「有栖川です」

「あれ、ヨミヨミさん? 時雨です。すみません、セーラに連絡したつもりだったんですが」

「あー、アキトか。アイツ、連絡先教える時に何故か俺のところを教えてるみたいだから気にしなくていいぞ」


 何でそんな面倒なことを。怪盗が前を歩いて行くのを見て、付いて行きながら頷く。


「何でも研究の邪魔にならないようしてるらしい。取り次ごうか?」

「今回の件を協力してくれる奴がいるから連れて行ってもいいかを聞きたかった」

「……ああ、あの時に俺を呼んだ子か。話を聞きたかったが、足取りを掴めていなかったから、連れてきてくれると助かる」


 べったりと俺に張り付いている一色を片手で退かしながら、ヨミヨミさんに軽く礼を言って電話を切る。


「んぅ……セーラさんに連絡したんじゃないんですか?」

「何故かヨミヨミさんの電話に繋がった」

「んぅ? そういえば、セーラさんとヨミヨミさんっていくつなんでしょうか」

「セーラは二十二で、ヨミヨミさんが二十四だ。ちょうど二つずつ違うな」

「結構離れてますね。んぅ……機構の人達って結構若いんですか?」

「普通に中年も多い。そろそろ龍人に対する人員の編成も終わるそうだから、もっと年上とも関わるだろうな」


 どれほどの人達が配置させられるのか分からないが、セーラいわく「あまり大勢は期待出来ない」そうだ。

 龍人は放っておけば数人の人死にが出てもおかしくない案件だが「最悪でも人が数人死ぬ程度」ならばそこまで重要でもないと言う状況らしい。


 まぁ、他の案件の数や重要度次第では多くの人が回されるかもしれないらしいうえ、かなりの実力者らしいヨミヨミさんも参加するようだ。


 そもそも、荒事の出来る戦闘員は少ないらしいので仕方ないことかもしれない。


「んぅ……仲良く出来るでしょうか」

「する必要はない。あっちは一色を利用しようと考えているだけだ。こちらも絵を取り返すために利用すればいい」


 歩いていると隣の足音が聞こえなくなり、ゆっくりと振り返る。


「……絵を取り返すために人を利用しようとしたら、アキトさんのことも利用したみたいになるから、出来ません」

「別に俺は気にしないが」

「……僕は、気にします」


 真面目なやつだ。

 一色は俺の左手を撫でるように触ってから、包むように握る。

 彼女の手の熱がこちらに移るように、嫌に早く全身が熱くなる。


「……あ、あのっ! 携帯電話の番号、教えてください」

「いいけど、お前持ってるのか?」

「買いますから、これから」

「まぁ、あった方が便利だよな。買いに行くときは、俺か怪盗に声をかけろよ」

「ん、んぅ、今度、またお買い物をしに行きましょうよ。二人でっ」

「勝手に任された挙句振られてる……まぁいいけど」


 怪盗は絵を傷つけないように気を配りながら歩いている。

 なんだかんだと優しく、何でこんな子が泥棒などしているのか不思議でならない。


 左手の傷の跡を一色に撫でられながら、組織に戻った。


 ◇◆◇◆◇◆◇.


「ん、アキトくん。暇ならちょっとゲームでもしない?」

「……暇に見えるのか? これが」


 一色と怪盗が帰った翌日、セーラのしている異能力の研究をまとめた資料を読んでいると、気怠そうにベッドで仰向けになっているセーラに話しかけられた。


「んー、まぁわりと。面白くないでしょ、自分が扱えないものの研究なんてさ」

「面白い面白くないの話をじゃないだろ。というか、脚の上に乗るな」

「えー、こう、背中のコリをほぐすのに適した形をしてるのに……ぐーっとしたら気持ちいい感じなの」


 セーラの背中を膝で蹴り上げ、研究の内容に目を通していく。


「というか、それ読めるの?」

「日本語で書いてあるからな」

「いやそうじゃなくて……かなり雑というか、自分用のメモだから省略とかめちゃくちゃ多いし、まとまってないけど」

「論理の飛躍は多いが、まぁ妥当な判断しかないから読めなくはない」


 セーラが俺の膝を背中で押し、仰け反るようにしながら俺に目を向ける。


「アキトくんが勝ったら、知りたいことを何でも教えてあげるよ。私の知る範囲ならね」

「……何でも?」

「うん。アキトくんが知りたくてたまらない、私の恋人の有無でも、スリーサイズでも」


 資料を放るように置いて、身体を起こす。セーラは少し乱れた白衣を整えて、ニコリと笑みを浮かべる。


「ふふ、アッキーも年頃の男の子だね。美人のお姉さんの秘密は知りたくなっちゃうかー」


 セーラの性格上、こう言った条件での質問には嘘をつかないだろう。


 聞きたいことは山ほどある。

 異能力を使った治療の副作用について、組織の規模、黒幕に覚えがあるか、数えていけばキリがないほどだ。


「ゲームの内容は?」

「こういうのは単純な方がいいからね。私がやり込んでるゲームの勝負とかじゃ納得しないでしょ」


 セーラはベッド脇のテーブルに置かれていたトランプを手に取る。


「ポーカーで勝負しようか」

「……いいだろう」


 ポーカーには必勝法がある。単純に全てのカードを記憶して、最も可能性の高い役を計算すれば良いだけだ。幸い、記憶力には自信がある。


 ベッドの上の掛け布団を退かし、セーラと向き合うようにベッドの上に座る。

 普段とは違い白衣の前を閉めているセーラは、正座を崩したような格好で座り、俺と向き合う。


「ルールは?」

「こういうのは単純な方がいいよね。ベーシックなルールで、持ち点はお互い25点ずつの合計50点。勝負を降りたら1点、レイズは最高10点まで。勝負が終わって、10点差ごとに1つ質問出来るって感じで」

「差、ということは、勝負が終わっても差がなければ互いに質問はなしか?」

「そうだね。持ち点がなくなるか、あるいはシキにゃんが来たら終わりってとこかな」

「イカサマをしたら?」

「えっ、疑われてる? ん、じゃあ、商品である質問一回分とかかな」

「……指摘したら、イカサマされた方が10点を得るということでいいか?」

「あっ、うん。 そうしよっか」


 セーラは楽しそうにカードを交互に配る。

 最初の手札は役なし。 現状、把握出来ているカードは手札のこれのみで、確率の計算もしようがない。

 ……まぁ、このルールなら確率の計算をする必要もないが。


 俺は指をセーラの方に伸ばし、彼女の持っているカードを一枚手に取る。


「……!? えっ、ポーカー知らない!? ババ抜きじゃないよ!?」


 目を白黒させながらセーラは俺からカードを取り返そうと手を伸ばす。

 焦ったようなセーラに、ゆっくりと言葉を発する。


「イカサマがあれば、された側に持ち点が10点追加される。 だろ」


 セーラは目を何度か瞬きさせて、アンダーリムの眼鏡をゆっくりと掛け直す。


「あー、なるほどね。これで、合計50点、最高5回分の質問する権利だったのが、合計60点の最高6回分の権利になったわけか」


 セーラは身体を伸ばすように腕を上にあげて、身体をほぐしてから俺に言う。


「私のことを舐めすぎだよ。アッキー」


 彼女はそう言って俺の手にあるカードを全部引ったくった。


「本気で勝てるつもりでいるの? 心を読む異能力者相手でも、一方的にボコボコに出来るぐらいには強いよ、私は」

「……大人しく10点もらっていればよかったものを」


 ふん、と鼻を鳴らした。

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