episode:2-12 【恋にのぼせて龍と成る】

 一色が見舞いに来ない。

 いや、見舞いに来なければいけないというわけでもないし、むしろこんな危ないことから離れてくれている方が有り難いが……。


 すぐ来ると言っていたのだが……。


「どうしたの? アッキー。 干し芋食べる?」


 スティック状の干し芋をグリグリと頰に押し当ててくるセーラを見る。


「……なぁ、ここって鍵か何かなければ入れないのか?」

「んー、シキにゃんには渡してるよ?」

「聞いてないだろ。それは」


 頰に押し付けられている干し芋にかじりつき、顔をしかめながら暦史書を開く。


「シキにゃんが来てるとき、アッキーいっつも寝てるからなぁ」

「……麻酔やら気絶やらしてなければ、人が近寄れば目が醒める」

「忍者かな?」

「臆病なんだよ」

「それはさておき、シキにゃんは本当に来てるしここにも入ってるよ?」


 セーラは新聞を片手に干し芋を咥えながら言う。


「アレじゃない? 人の気配がして眠りが浅くなるけど、安心出来る人だったらまた寝て、私みたいな親しくない人なら目が醒めるみたいな」

「……実家にいたとき、親でも起きていたが」

「なら、親以上に安心出来るんじゃないかな。シキにゃんが来てるのは本当だよ」


 嘘を吐いている様子はないが、少し信じ難い。

 左手の傷跡を確かめてから暦史書を閉じる。


「行くか」

「んー、どこに?」

「一色の自宅だ。もしかしたら、キツく言いすぎてしまったのかもしれない」

「いや、だから毎日お見舞いに来てるって。そろそろ来るんじゃないかな」


 立ち上がって部屋の外に出ようとすると、ひとりでにドアノブが動き、扉が開く。


「わっ、あ、アキトさん」

「おっ、噂をしてるとなんとやらってやつだね」

「お、お久しぶりです。その……怪我は、大丈夫ですか?」


 おどおどとした様子の一色を見て、思わず体が硬直する。セーラが立ち上がった音を聞きながら、なんとか一歩後ろに下がって距離を取ることに成功した。


「この前は、言いすぎた。悪かった」


 一色の問いに答えなければならないと思いつつ、俺の口は別のことを話し出す。


「い、いえ、当然のことしか言ってなかったです。僕の考えが浅くて間違っていました」

「……なら、止めてくれるか?」

「そ、それは……その……」

「……俺も手伝うことになった」

「えっ、あ、危ないですよっ!」

「お前が言うな」

「……アキトさんは、前に無理をしたという前科がありますから」

「それもお前が言うな。バケモノ相手に、前に出るつもりはないから安心しろ」


 一色は不満そうに顔を顰め、俺の左手を手に取ってゆっくりと傷跡を撫でる。


「……咄嗟に、飛び出しちゃうような人ですから」

「……三度目になるが、お前が言うな」


 俺以上に弱く勝算がなかったのに、わざわざ引き返して飛び出していたではないか。


「僕は咄嗟にじゃなかったですもん」

「余計に問題だろ、それは。自慢になるか」

「もう二人でイチャイチャしないで。シキちゃん、絵は描いてきてくれた?」

「んぅ……満足する出来のものは、全然、です」


 一色は悔しそうに首を横に振って、俺が先ほどまで寝ていたベッドに腰掛ける。


「……怪盗さんの絵を描いたんです。でも、全然で」

「怪盗さん?」

「あっ……えっと、僕とアキトさんの知り合いの女の子です」

「とりあえず、その絵見せてもらってもいいかな?」

「いいですけど……その、意味ないと思いますよ。取って来ましょうか?」


 すぐに立ち上がった一色は俺を一瞥する。


「……あの、すぐに戻ってきますね」

「いや、俺も行く。お前一人では持ち歩くのしんどいだろ」

「いや、怪我人に持たせたりはしませんよ……」

「もうほとんど治ってるから大丈夫だ」

「本当ですか?」

「ああ」

「セーラさん」

「あー、うん。嘘だね。ちゃんとした病院なら絶対安静だよ。まぁ、ずっと篭りっぱなしよりかはちょっとぐらい動いた方がいいかも。重い荷物は持たせないでね」


 俺が抗議の意味を込めて睨むが、セーラには意味が伝わらなかったのかウインクで返される。

 もう出る用意は出来ていたので、これ以上セーラに何か言われる前にさっさと出ることにしよう。


 扉を開けて一色を部屋の外に出してからセーラに目を向ける。


「がんばってねー」


 そんな気の抜けた言葉を聞きながら、ため息を吐いて扉を閉めた。


 一色の服装は普段通り洒落っ気のないパーカーとズボンだ。

 俺も似たようなラフな格好で「がんばって」と言われようと色気もクソもない。

 目的も絵を持ってくるだけで、デートとは到底呼べないものだ。


 少しは歩き慣れたトンネルの道を歩く。


「歩くの、もっとゆっくりの方がいいですか?」

「いや、いい」

「……痛くない、です?」

「動かし方に気をつければ問題はないな。走ったり跳んだりは難しいが」


 左手を一色に触られる。傷跡の感触が、少しむず痒い。


「……セーラさんに、変なこと言われたんですか? 手伝うって」


 なんか俺と同じような発言だな。まぁ……セーラは色々と親切で胡散臭いからそう感じるのだろう


 それに、変なことを言われたのは事実だ。一色を口説き落とせだとか、異能力とか、異世界とか。普通の人からしたら、変なことなのは間違いないたまろう。


「大丈夫だ。別に大した話はしていない」

「……好きだって言われたり、体触られたり……」

「してない。 なんだと思ってるんだよ」

「なら、よかったです。……あっ、いえ、別にアレですけど、僕には関係のない話ですけど……」


 ワタワタと慌てている一色と共にエレベーターに乗る。


「……そういや、出るのは初めてだな」

「んぅ、暦史書管理機構が管理してるビルの中に繋がってるんですよ」


 エレベーターのボタンには地下階の表記はなく、地上階のみだ。


「これ、降りるときはどうするんだ?」

「んぅ、三階を四回押してから、非常時連絡ボタンを長押しして、名前と所属を言うだけです」

「秘密組織か」

「秘密組織です。男の子ってこういうの好きなんじゃないです?」

「そんな男の子って歳でもねえよ。それに、ロマンにテンションが上がるのより、それだけ徹底してる組織に関わりを持ったことへの恐れの方が大きい」


 俺も一色も、マトモに日常生活に戻れるのか。フィクションのように知りすぎたから始末ってことはないだろうが、事が終わったあとも組織に所属するのを強制されるぐらいはありそうだ。


「……怪盗の絵を描いたのか」

「はい。んぅ……人の体型に良し悪しがあるとは思いませんが、一般的に怪盗さんの身体は綺麗ですから」


 怪盗は薄桃色の唇を絶え間なく動かして語る。


「顔が小さくて手脚が長い。身体は細身だけど、女性らしい丸みはあって、お尻は胸はちゃんとある。顔立ちも整っていて……と、まぁ、とても綺麗な人ですから」

「……まぁ否定はしないが」

「……羨ましいです」


 エレベーターが着いて、そこから出る。人気の少ないビルなのか、俺と一色の他には人影や物音がない。


「一色もそう思うんだな。もっと世俗なんてどうでもいいと思っているのかと思っていた」

「……最近は、少し、気になって」

「まぁ、お前の歳ならまだ伸びるだろ」

「僕と怪盗さん、二歳しか違いませんよ。二年で二十センチちょっと伸びますか?」

「……怪盗ってそんなに幼かったのか?」

「十八歳ですよ。幼いって、アキトさんが言うような年齢ではないです」


 ああ、そう言えば一色は十六歳か……そうは見えない。

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