episode:2-11 【恋にのぼせて龍と成る】

「ないと分かって聞くが、明確な治療法はあるのか?」

「んー、いや、ないね。精神的に落ち着かせることでコントロールを可能にするのが基本かな、現状」

「……無理矢理一色の絵を見せるしかないのか。 ……あれを押さえつけて」


 そもそも絵を見せることなんて無理だろ。と、思っていると、セーラは懐から何かの筒を取り出す。

 受け取って見ると、どうやら押し付けるだけで注射が出来るタイプの注射器らしい。


「即効性のある、一時的に異能力を封じる薬ならあるよ」

「……なんか、注射って抵抗あるな。大丈夫なのか?異能力を封じる薬って」

「異能力の仕組みなんだけどね。第一に、目では見えないものを見る必要があるんだけど、普通に起きてる時だと見えないの」

「……どういう意味だ?」

「こう、ぼーっとして白昼夢を見るような感覚というか、半分寝てるみたいな状況じゃないと、世界の裏側的なのが見えないんだよ」


 意味が分からない。俺が顔を歪めて見るが、セーラは無視をして続ける。


「それで、その世界の裏側的なのを弄ることで現実の方でも同じように動くのが異能力なんだけど、これはそのぼーっと出来なくする薬」

「……エピペンか? あの、アナフィラキシーショックとかの一時措置に使う」

「おっ、よく知ってたね。食物アレルギーあるの?」

「知り合いがな。 結局、ただのアドレナリンだよな。 そんなものでどうにかなるのか?」

「交感神経系が優位の時はほとんど使えないからこれで充分なの。もっと強力な薬なんていくらでもあるけど、強力なほど副作用も酷いからね。そんなの使うの戸惑うでしょ?」


 小さく頷くと、セーラは俺の手からエピペンを取り返してヨミヨミに手渡す。


「アッキーには直接戦闘してもらうことはないから必要ないけどね」

「……まぁそうだな。さっきの推測だと、水風船の中に人が入っているみたいな作りなんだろ。 そんなのを突き刺して効くのか?」

「量を増やせば?」

「まだ無計画ということか」

「ヨミヨミは腕っ節が立つから適当でもなんとかなるかと思ってね」


 ヨミヨミに目を向けると、彼は整った顔を歪ませてセーラを見ていた。


「俺にばかり任せすぎだろ」

「頼りになるからね。……あー、でも、あれかー。ねー、アッキー」

「……おそらく、雨天時にしか出現しないだろうから、光を操ってレーザーを放つ場合、威力が低下するのか?」

「ふー、質問系ながらも全部説明するタイプー」


 何故か馬鹿にされた。


「ああ、雨は辛いな。光が少ないのもあるが、空気の湿度にも細かい雨粒にも遮られて威力が減衰する。他にもこういう技があるんだが」


 ヨミヨミが手をかざすと、彼の姿が突如として搔き消える。


「単に背後の景色を俺の前に投影して姿を見えなくさせているだけだが……雨が降ると像がボヤけてしまう」

「……ダメダメヨミヨミじゃん」

「相性は仕方ないだろ」

「じゃあ、シキにゃんとアッキーを助けた時はどうやったの?」

「普通にぶん殴ったら逃げていったな」

「これだから筋肉族は……。んー、でも、動きが速い生き物を相手するなら筋肉系人間も必要かなぁ。何人か良さそうな人を集めてみるけど」


 ……あれ、殴ってどうにかなる生き物なのだろうか。殴った拳の方が砕けるほど硬かったのだが……。

 目があるということは、顔の辺りは装甲が薄いから一応ダメージは入るのだろうか。


「……一色は前に出させないぞ」

「そりゃもちろん。 あの子、500mlのペットボトルが重いから両手じゃないと辛いってレベルのひ弱さだよ。それで対応出来る敵なら放置で構わないよ」

「ならいいが……」

「ああ、それでアッキーさ、どうするのが正解だと思う?」

「……俺に聞くことか? セーラの方がよほど分かっていそうだが」

「意見は多い方がいいよ。私の考え方とアッキーの考え方は似てるみたいから、同じ結論になるかもしれないけど」


 どうするのが正解か。当然、最終的な目標は絵を取り返して龍人を人に戻すことだが、現状、どちらも簡単にはいかなさそうだ。


 絵の方はもう一度、怪盗を捕まえて一色をけしかけることで情報を得れるかもしれないぐらいで、龍人を人に戻すのは一色頼りでしかない。


「……被害を減らすのが先決だ。龍人を捕らえることは初めから諦めて、見つけ次第発信機でも取り付けて、人間の姿に戻った時に捕らえる。人の姿の時は理性もあるだろう」

「それで、その人から絵を持ってる人のことを聞くの?」

「龍人が放置されていることを思うと、あまり情報は期待出来ないな。絵を見せた連中も捕まえられることも織り込み済みだろう」

「じゃあどうするつもり?」

「俺が相手側なら恐れるのは一色だけだ。 他の奴相手なら尻尾を見せないように立ち回ればいいだけだが、一色には根本からひっくり返される可能性がある」


 何が目的で人を龍人にしているのかは分からないが、目的が何であろうと、どこに辿り着こうが、一色がそれを超える絵を描くだけで無に帰してしまう。


「一色と龍人が長時間接触するほど恐ろしいことはない。なら、勝手に相手から動きがあるだろう。もしなかったとしても、一色の絵を試す相手にはなる」

「あー、そういうのもあるかー。私は龍の生態を観察して、次の龍人の対策でもするのが一番かと思った」

「同時進行でいいだろ。……とにかく、一度捕まえるしかないが……」

「次の雨の日までは、情報が少なすぎてどうしようもないってところかな」


 セーラと俺がそう話していると、ヨミヨミが口を開く。


「雨になったらすぐに見つけられるのか? その前に被害が出そうなものだが」

「それは諦めるしかないかなぁ。流石に東京全域をカバーするのは不可能だし」


 そう言い放たれた言葉に俺が顔を顰める。


「……私達にはね?」


 含んだような表情。

 セーラは質問をしたヨミヨミではなく、俺に目を向けていた。

 俺が動くと、セーラもそれに続き、ヨミヨミも仕方なさそうに頰を掻く。


「はいはい、施設の中を案内しますよー」


 被害が出てしまうと、一色が気に病むだろう。

 さっさと知識を蓄えて、早急に解決するような手立てを考える必要がある。


 セーラの手のひらで動くようなのは何となく気が食わないが、意見も出さずに「どうにかしろ」とゴネても仕方ないだろう。


 施設内を連れ回されながら、施設の作りと共に組織のあり方や異能力について教わっていく。


「……と、怪我大丈夫? まだ麻酔抜けきってないでしょ、そろそろ休む?」

「休みはしないが、何か胃に入れたいな」

「あー、じゃあ地上に出て何か食べようか。しばらく絶食してたから本当はおかゆとかがいいんだろうけど」

「肉でいい」

「なんかアッキーのことちょっと分かってきたよ。頭が良いタイプのアホだね」

「どっちでもねえよ」

「じゃあ、ヨミヨミに奢ってもらおっか」

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