episode:2-10 【恋にのぼせて龍と成る】

 龍、異世界、魔法、化け物、秘密組織ときて、遂には神か。

 半ば諦めのような感情を抱いていると、セーラは面白そうに笑いながら首を横に振る。


「ん、まぁ神って言っても大した意味で言ってないよ。辻褄を合わせるには創造主がいるだろうってだけの話だよ。実際に会ってお話をしたわけじゃない」

「正気か?」

「学問なんて、元々狂気の産物だよ。そもそもの話として、現実的な実感や感情を否定するところから始めるんだしね」


 俺がその言葉に顔をしかめながら歩くのを再開すると、彼女は愉快そうに続ける。


「でも、その狂気は再現性があることで保証される。それで、アッキーの正気は何が保証してくれるの?」

「詭弁だろ。まだ判別していないから神のせいにしていたなんて話、大昔から山ほどある」

「魔法使いがいるんだし、創造主がいてもおかしくはないんじゃない?」

「俺が生きてる間に判明することじゃないだろうからどうでもいい。それより、組織の説明の続きを」


 俺が促すと、セーラはつまらなさそうに唇を尖らせる。


「せっかく、話が分かる人が出来たと思ったのに」

「また時間があるときに話せばいいだろ」

「約束だよ? ……人間には魔法使いの遺伝子が組み込まれていて、その遺伝子が濃ければ魔法使いになるってことなんだ」

「……俺にもあるのか?」

「検査したけど、ほとんどなかったよ。一般人以下。そこらへんの歩いてるおっちゃんの方が濃い」

「……魔法は使えないのか」


 少し残念に思いながらため息を吐くと、セーラは首を傾げながら俺に尋ねる。


「あれ? 魔法使いたかったの?」

「便利な力があるなら使うに越したことはないだろ」

「てっきり得体の知れないものは気色悪くて使えないって言うかと」

「筋肉の成分を知らない子供時代のときも筋肉を使っていた。知っていなければ使えないなんてことはないだろ」

「まぁ、そんなものなのかな、違う気もするけど。えーっと、創造主がいて、彼が私達に魔法を与えた。その理由がこの組織の理由だよ」


 セーラは息を吐き出しながら、近くにあった扉を開く。手招きされて引き入れられたその場所は、黒い壁が四方に貼られた部屋……否、黒い壁と認識してしまうほどの、黒い装丁の本が敷き詰められた部屋だった。


「暦史書。コロンシリーズ。星の記録。あるいは……人間。そう呼ぶことが出来るものだね」

「……コロンシリーズ」

「いわゆる神の血が濃いと、何となく、近くの重要な事や物を記録したくなるんだよ。それを集めるのがこの組織の目的だよ」

「……手に取っても」

「この辺りのは大丈夫だよ。重要な情報は一切ないし、写本だしね」


 適当に近くにある本を手に取って軽くページをめくっていく。日記のような形式の内容だが、かなり細かく丁寧に書かれている。

 日記に対して主人公という言葉が適切なのかは分からないが、日記の書き手が自分自身のことを綴っているのではなく、異性の友人を主人公のように中心として書いてあった。


「……まるでストーカーの日記のようだな」

「でも不思議でしょ」

「ああ、友人ではあるが、異性への好意というものがあまり感じられない。異性についてばかり日記に綴っているという行動と噛み合わない内容だ」


 それらしい執着も見えない。どう言ったものか『誰かに命令されて書いている』と、そんな感想が浮かんでくる。


「これが重要なものなのか?」

「物によってはね。ここにあるのは一般人の一般的な内容だけだし、広く知られている歴史と辻褄が合うものだけ」

「……合わないものもあると」

「勘がいいね。そういうこと、知られてはいけない歴史……いや、暦史を隠しつつ、確実に残していくことが、この組織の目的なんだ」


 別の本を手に取って、またページをめくっていく。

 どの本も確かな整合性があり、作り物にしては手が混みすぎている。


「……信じてくれた?」

「少なくとも、俺が騙されていたとしたら、お前も騙されている側だな。という程度には」

「そりゃ、信頼の中でも最低ランクの信頼だね」

「不満か」

「いや、気に入ったかな。一緒に騙されてくれるなら、最高の助手だよ」


 ニンマリと笑みを浮かべたセーラは、俺の手を取る。


「君からしたらこれはそんなに重要なものじゃないのかな」

「……まぁそうだな」

「ここで重要なのは、私達が世に出てはいけないものを取り扱っているってことだけだよ。出来ることなら、シキにゃんの絵もこっちで保管したいと思ってる。じゃあ次は、本題の魔法についてかな」


 かつ、と扉に指がかかる音が聞こえる。

 ぞくりと、背筋に冷たい風が吹いて、警戒するように振り返った。


 そこにいたのは、龍人の際に一瞬だけ見た男だ。

 化外の物としか思えない龍人の前に臆することなく出て、魔法を使って俺と一色を救った男。


「じゃあ、紹介するね。光を操る魔法使い。攻撃力、汎用性、射程距離、継戦能力においてトップクラスの力を持つ、最強に近い人」


 俺と同じほどの体格、見た目はさほど普通の人物と違いはないが、どことなく立ち振る舞いに隙がない。


「ヨミヨミだよー」


 セーラの気の抜けた紹介に、ヨミヨミはため息を吐く。


「お前の紹介のせいで名前を間違えて覚えられているんだが……。有栖川 ヨミヒトだ。怪我は大丈夫なのか?」

「あ、ああ。この前はありがとうございます」

「いや、遅くなって悪かった」


 どう何を話せばいいのか分からずにセーラに目を向けると、彼女は俺が手にしていた本を棚に戻していた。


「いや、おかげで一色が無事で……助かり、ました」

「あの子が無事なのは、お前の功績だ。セーラ、俺はなんで呼ばれたんだ?」

「んー? あー、能力の説明を手伝ってもらおうかと思って。ほら、私のは見た目では分からないから不向きかなって」


 ヨミヨミは軽く頷く。


「能力?」

「あ、魔法のことだよ。色々呼び方があるみたいな。……正確な表現をすると、イデアルジーンという遺伝子を持つものが起こす超常現象、の中に能力や魔法がある感じかな」


 セーラは俺とヨミヨミに椅子へ座るよう促し、俺は怪我が開かないようゆっくりと腰掛ける。


「イデアルジーン? ……理想的な遺伝子という意味か?」

「超能力を使う上ではね。イデアルジーンで起こせる超能力は大別して四つ。先天的異能力、後天的異能力、体系的異能力、神因性の疾病」

「……疾病?」

「一つずつ説明していくね。先天的異能力はそのままの意味で、生まれつき持ってる異能力だよ。イデアルジーンはイデアルジーンでも、どの遺伝子がどう能力に影響するのかがある程度定まってるから、かなり偏ってたら人格とか無関係に発生することもあるの。かなり少数だけどね」


 俺が軽く頷くと、セーラは続ける。


「後天的異能力は、さっきの説明通りのものって感じかな。イデアルジーンを持ってて、人格とかに影響されて能力が出来るタイプ。体系的異能力は、いわゆる魔法らしい魔法だね。異世界の技術だからほとんど分かってない」

「……また異世界か」


 最後にセーラが指を立てて、これが本題とばかりに笑みを消す。


「疾病。つまり病気も存在している。制御不能であったり、難しかったりすることで、自分や他人に被害を加えてしまうものがこれに該当するわけだ。滅多に起こらないけど、私が知ってるのでは感情に反応して扉の鍵を固定しちゃう能力とかがあってね。今はかなり制御出来るようになってるけど、その子が幼い頃はそのせいで何回も餓死しかけてたよ」

「……龍人もそれに該当するのか」

「うん」


 餓死というのも、穏やかではない。

 セーラは真面目な表情のまま言葉を続けた。

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