episode:2-7 【恋にのぼせて龍と成る】
「一色。ただの友人が言うことではないだろうが……」
セーラから目を離し、俺から目を背けている一色へと言葉を続ける。
「ダメだ。帰るぞ」
一色は目を逸らしたまま首を横に振る。
「帰るぞ」
立ち上がろうとするが、上手く身体を起き上がらせることが出来ない。
それでも動こうとした俺の両肩をセーラがトンと押してベッドに押し倒して、そのまま動かないように押さえつけた。
目の前にあるセーラの唇がゆっくりと動く。
「あー、ダメダメ。麻酔効いてるから動けないよ。というか、動けても動かないで、傷開くよ」
「……お前が一色に何か言ったのか?」
「いや、言ったけど、シキにゃんが暴走しないようにだよ? 一人で色々行っちゃいそうな感じだったから。……話、聞いてくれる?」
一色を無理矢理連れ帰ろうにも身体は動かない。ゴネているよりかは、話を聞いてから否定した方がいいだろう。
俺が頷くと、俺を抑えたままのセーラが少し考えたような素振りを見せてから、そのままの格好で話しはじめる。
「まず、異能力……君たちが言う『魔法』って、あると思う?」
「気絶する前に見た。疑う余地もなく、魔法はある」
「じゃあ、魔法って何が出来ると思う?」
俺が見たのは光が化け物を貫いていたところだけだ。色々と思考を巡らせるが、答えが出せるはずもない。
「……いや、アレからじゃ推測のしようがないな」
「正解は、何でも出来るけど、割とあんまり何も出来ない。人によってかなり個性があってね。君たちが見たヨミヨミは『光を操る』ことが出来て、レーザーみたいに撃ったり出来る。他にもコンクリートを操れたり、人の心を読めたり、確実ではないけど未来を見たりね」
「……人によって違うのか」
「何で違うと思う?」
何で違うのかと問われても、魔法なんて初めて知ったのに分かるはずがない。
視線を白い首筋に移す。
「……俺が答えを出せるのか?」
「うん。多分ね」
「人間の身体の作りに差異はほとんどない。人間に差異があるとしたら、技術と記憶と人格ぐらいのものだ」
「身長とか結構違うと思うけど?」
「身長の違いと、光を操るかコンクリートを操るかの違いを一緒には出来ないだろ。次に、コンクリートは人工物だ。コンクリート、いやセメントが作られてから人間がそれを操れるように進化したとは思えない」
「うん、なるほど」
「つまりは、魔法は後天的に備わるものだ。だが、完全に後天的なものかと言えばそうじゃないはずだ。アレだけの力が後天的に得られるものなら、もっと知られていてしかるべきだからな」
面白そうに俺を見ているセーラへの説明を続ける。
「先天的に素養があるものが、後天的に方向を定める。だが、技術ではない。技術なら、みんな効率よく効果的な魔法を使うようになるはずだから似たような能力が増えるだろう。それに複数の能力を持っていてしかるべきだ」
「完璧だね」
「魔法使いの遺伝子を持つものの人格によってその魔法が決定する。人格が違うから、魔法が違う」
感心したようにセーラは笑みを浮かべる。
続けて話そうとしていたセーラの白衣が強く引かれて、俺の肩を抑えていた力が弱くなった。
「あの……いつまでアキトさんにひっついてるんです」
「ああ、ごめんごめん。面白そうな人を見つけちゃうとついね。シキちゃんが気にしてるようなことじゃないから安心して」
「……僕は、アキトさんの傷が心配なだけです」
ヘラヘラとしているセーラは俺から離れて、一色の涙をハンカチで拭いて、白衣を整えながら座り直す。
そもそも寝ているベッドの縁に座って欲しくないことに気がついてはくれないものか。
「じゃあ、第二問ね。何でシキたんはこっちを手伝おうとしてる?」
「……魔法は、人格に依存する。あの化け物はシュイロンに似ていた。一色の絵は価値観を変えさせる。……一色の絵を見て人格が変容したことで龍化の魔法を覚えた魔法使いと言いたいのか。その責を取って手伝おうとしている」
「おー、説明いらずで楽々だね」
「却下だ。包丁を使った殺人が起きたら包丁を作ってる工場に責任があるのか?」
「んー、でもシキたんの技術があれば、元の人間に戻せるかもしれないんだよ」
「却下だ。アスリートは義務としてレスキュー隊やら消防士にならなければならないのか? 一色、帰るぞ」
立ち上がろうとするが上手く身体に力が入らない。だが、無理矢理に身体をあげ……今度は一色に両肩を押されてベッドに戻される。
「アキトさんを、こんなに簡単に力づくで押し倒せるなんて……えへへ、えへへ」
えっ、怖い。
「義務じゃないにしても、本人がそれを選ぶなら尊重してあげてもいいと思わないかな」
「思わない。人のためにどうとか馬鹿らしいだろ」
セーラは「ふふ」と声を出して笑い、俺を抑えている一色の頭を撫でる。
「命がけで人を守った人がそんなことを言うとは思わなかったな」
「……話は終わりだ」
「で、第三問。何で私は説明せずに問題を出した?」
「俺が使えるかをテストしていたんだろ。使えるようなら一色と共に俺を勧誘するつもりで」
セーラが何かを言うより先に口を開く。
「却下だ。一色、帰るぞ」
セーラはそんな俺の耳元に唇を近づける。
「……ヨミヨミから聞いたんだけど、龍はヨミヨミが助けに来る前から怪我してたんだって。腕っ節というか、運動神経もいいんだね」
「……たまたまだろう」
動かしにくい場所が分かってきたので、そこを使わずに一色を彼女の身体ごと持ち上げて身体を起こす。
「……そんなに優秀で、生きにくくない?」
俺は答えない。否、答えられずにいた。
「息苦しいなら、来なよ。ちゃんとシキちゃんは危なくないように配慮するしさ。それに、今帰っても、シキちゃんを監禁とかしない限りは一人でここに来ちゃうよ?」
セーラの言葉がどこか遠くに聞こえる。
答えずにいると、セーラは立ち上がって扉の方へ向かう。
「まぁ、断るにしても、引き受けるにしても、身体を治すまではここにいてもらうよ。魔法による治療をしてるから、普通の病院じゃ副作用とかに対応出来ないだろうしね」
扉の向こうで「治療費は気にしなくていいよ」と言っているのが聞こえ、俺は再び一色に押し倒される。
「えへ、えへへ」
「……一色、離れろ。……お前、もう目的は果たしただろ」
「ん、んぅ? ……動くかもしれないので、抑えておかないと」
「動けないから離れろ。お前の絵は、ほっといても暦史書管理機構が回収してくれるだろうし、そいつらが見るわけにもいかないから、誰にも見られないように保存するか、処分するかだ。どちらにせよ、価値観を歪める【連作シンリュウ】を見る奴はいなくなる」
暦史書管理機構の方が負ける可能性もあるが、それは話す必要もないだろう。
赤く充血した目が俺の方を向いて、申し訳なさそうに下を向く。
「当初の目的は達成した。あとで祝勝会に焼肉でも食いに行くか。奢るぞ」
「ごめんなさい」
「……奢りぐらい気にするなよ。そう言えば、買った服とか、画材とか、ちゃんと回収したか?」
「ごめんなさい」
「……謝る必要はない。また買いに行けばいいだけだろ。荷物持ちぐらい幾らでもしてやるよ」
「ごめんなさい」
俺がまた誤魔化そうと開いた口は、ベッドに零れ落ちた一色の涙によって止められる。
「僕、行きます」
再び俺を見た瞳は泣きそうになっていながらも、あまりに力強く、凛としていた。
「……ああ」
俺はそう言うことしか出来なかった。
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