episode:2-3 【恋にのぼせて龍と成る】

 近場にある店を適当に回っていると、一色が不思議そうに首をかしげる。


「普通にお買い物してるだけですけど、いいんですか?」

「あちらから見つけてくれることを期待しているだけだ。一色が相手にとってどれほど重要かは分からないが、歩いてるだけでも可能性はあるだろ」


 一色に説明した自分の言葉を聞いて、歩いていた足が止まる。

 敵にとって一色は非常に重要な存在のはずだ。何せ大金を出してまで彼女の絵を買っている。

 何に使うのかは定かではないが、敵にとっても一色は有用な存在であり……怪盗が言うような『一色の身に危険がある』はおかしな話だ。


 金の卵を産む鶏を絞め殺すようなことをするはずがない。


「……どうかされましたか?」

「いや、何でもない」


 一色の声を聞いて、バカな考えを振り払う。理性のない化け物がいるのではないか、など、ただの考えすぎだろう。


「甘いものでも食うか?」

「いえ。アキトさんが食べたいなら一緒に行ってもいいですけど」

「……食べ物の絵、下手だったな。いや、写真のようだった」


 不安そうな一色の顔を見て、頰をかく。


「一色は食べないのか?」

「お腹は空いてないです」

「やることなくなったな。服とか買いに行くか?」

「あっ、はい」


 何か普通に買い物をしているだけだな。と思いつつ、適当にネットで調べた近場の服屋に入る。

 画材屋の時のように一色に付いていこうと思っていると、一色は不思議そうに俺を見ていて、目線が合う。


 こてりと首を傾げながら、柔らかそうな唇が動く。


「あの、見に行かないんですか?」

「ん? あ、ああ、普通に女性用のコーナーでサイズ合うのか?」

「えっ、女物着るんですか?」

「そりゃそうだろ?」

「ええ……」


 そういえば一色はパーカーやズボンばかりで、性別があまり感じられない服ばかりを着ている。


「お前はそういうスカートとか嫌いなのか?」

「えっ……まぁ、嫌いというか……驚きはありますよね。意外性? みたいなものが」

「似合うと思うがな」

「そ、そうでしょうか?」


 一色はパーカーのポケットから取り出した鉛筆を立てて、片目を閉じて俺を見る。


「ま、まぁ……アキトさんがそういうの好きでしたら」

「俺に合わせる必要はないだろ。好きな服を選べよ」

「え、ええっ!? 僕が選ぶんですか!? い、いいですよ! アキトさんが選んでくださいよっ!」


 俺に選ばせたいのか。と、少し不思議に思いつつ女性物のコーナーへと向かう。一色の背丈はおおよそ140cm前後で、女性の中でも際立って小柄だ。

 適当に見てみるが、やはり合っていそうなサイズはない。背丈だけならまだしも、体型も細身で華奢、普通の女性用のコーナーではほとんど売っていないかもしれない。


「サイズが合わなさそうだな」

「そりゃそうですよ」

「子供用のコーナーに行ってみるか」

「何故より修羅の道へ!? い、いえ、アキトさんがそれがいいなら否定はしませんよ。ええ、しませんとも。どんな趣味があろうとも受け入れてみせます」


 俺がどんな変態的趣味を一色に押し付けると思われているのか。そして一色は何故それを着るつもりなのか、謎だ。

 子供服のコーナーへと歩いていると、夏に向けてだろう、水着のコーナーがあるのを見つける。

 いや、そういう意味ではないだろう。一色の受け入れるというのはあくまでも私服の範囲内でのことのはずである。


 目当ての場所に辿り着く。思ったよりも女性用コーナーとデザインの差はない。


 考えてみれば、一色に限らず、女性の服を選ぶというのは初めての行為だ。俺の趣味に合わせると一色は言ってくれたが、だからといって緊張しないという話でもない。


「……ど、どんな服が好きとかあるんですか?」


 一色は緊張を滲ませた声色で俺に尋ねる。

 これは……どう答えたものなのだろうか。本音を言えば、普段見えない一色の腕や、ふくらはぎよりも上が見られるような服装を着て欲しい。

 だが、そんなことを言えば嫌がられる可能性も十分に考えられる。


「……普通に可愛らしい服だな」

「ん、んぅ……ミニスカート、とか、ですか?」


 こちらの考えが見透かされて、先手を打たれた。

 こう言われると肯定はしづらく、第一候補だったそれは省かれる。次点でショートパンツやそれに近しい丈の短いズボンも考えたが、『ミニスカートが無理なら丈の短いズボンかよ。色情魔め』と思われる可能性も十分に考えられる。


 仕方ない。そういうのがないような服を……そう思って周りを見渡すが、女性用の服というのは男性服に比べて露出が多いものが多い。夏服なら尚更のことである。


 肩が出ていたり背中が出ていたり、丈が短かったりと、普段の一色の服装に比べるとどうしても肌面積が増える。


「……いや、まぁでも、こういう服はどうだ?」


 ラチが明かないと思い、近場にあったワンピースを手に取って見せると、一色は小さく頷く。


「アキトさんがそういう服が好きなら……」

「試着していくか」

「えっ、あっ、はい」


 二人で試着室の前まで行くと、一色は俺を見つめる。

 俺も一色が入るのを待っていると、彼女はほんのりと赤らんだ顔で小首を傾げた。


「入らないんです?」

「えっ、一色が入れよ」

「……えっ? どういうことですか?」

「何がだ?」

「着替えるんですよね?」

「ああ、試着室でな」

「何で入らないんです?」

「俺が入っても仕方ないだろ?」

「ん、んんん? あの……アキトさんが着るんですよね?」


 何でだよ。どういう発想でそうなった。


「いや……お前の服を選んでいるつもりだったんだが」

「……あ、そ、そういうことだったんですか。僕てっきり、アキトさんに女装の趣味があるのかと」

「……道理で話が噛み合わないと思った。……これ、戻してくるか」

「あ、えと……着た方が、いいですか?」

「……どっちでもいいが」


 頷いた一色は、服のサイズを確認してから試着室に入る。衣擦れの音を聞き、少し離れた場所で待つ。

 少ししてから試着室のカーテンが開き、一色が恥ずかしそうにスカートを抑えながら出てくる。

 ちょうど膝の位置のスカート丈は決して短いという印象は覚えないが、普段はスカートでもなく、もう少し裾が長いことを思うとコレでも恥ずかしいのかもしれない。


 一色は赤らんだ顔で俺の表情を伺うような上目遣いで俺を見つめる。


「あ、あの……変じゃないです?」

「……そういうのは、お前の方が詳しいんじゃないのか?」

「ファッションとかには詳しくないですよ……。そ、それにこういうのは人に見てもらうものですから……その」


 恥ずかしそうにしている一色に、俺は照れを隠しながら言う。


「可愛らしいと思うが」

「んぅ、普段から着てたら、嬉しいですか?」

「一色は眠くなったなったらその場で寝たりするだろ。スカートだと身体を冷やしそうだ」

「んぅ……なら外に出るときだけにします」

「外に出ることあるのか?」

「二月ぶりぐらいですね」

「……いるか?」

「んぅ……でも、あった方がいいかなぁって」

「まぁ構わないけどな。他にも見るか?」

「えっと、選んでもらえますか?」


 一色は照れたように頰をかきながら、にへらと微笑む。

 俺は普通にデートをしているように感じて気恥ずかしく思いながら、小さく頷いた。

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