episode:2-2 【恋にのぼせて龍と成る】

 俺はそう言いながらサンドイッチに口を付けた。


「……なるほど?」

「この辺りで魔法っぽいことをしたら、隠そうとして寄ってくる可能性が高いということだ。サラダ、ドレッシングとかかけないのか?」

「えっ……? あっ、かけます、かけます」


 一色はダバダバとサラダに大量のドレッシングを振りかけて、モシャモシャと食べていく。


「……味濃くないのか?」

「えっ……あ……その、えと、大丈夫です」

「なら別にいいが」

「……ごめんなさい」


 何がだ。と思いながら食べていると、一色は不思議と申し訳なさそうな表情をして俯く。


「休日を使ってることは気にしなくてもいい。どうせ友達と遊ぶとかしかしないしな」

「……友達いたんですか?」

「そりゃいるに決まってるだろ。俺を何だと思ってるんだ」

「毎日、僕の家に来てるから暇なのかなぁって」


 意外そうに俺を見る一色に向かってため息を吐く。


「お前のところでも、ノートパソコンとか使って勉強してるだろ」

「ずっと僕とおしゃべりしてるじゃないですか」

「いや、お前って会話が成り立ってなくても気にせずに話してるからな。話を聞かずに適当に相槌を打ってるだけで、普通に勉強してる」

「えっ……」


 驚いた表情をしている一色を無視して話を戻す。


「魔法使いのフリは簡単だ。一色が絵を描けば、それで十分だ」

「ん、んぅ?」


 首を傾げた一色に、軽く説明していく。


「状況を考えると一色を異世界に連れて行った組織と完全な無関係ではないだろうからな。シュイロンに限らず、異世界の景色や生物ぐらい見ただろ。それを描けば無視出来ないはずだ」

「んぅ……見られる場所に描くんですか?」

「とりあえず、今日もう少し様子を見て見つからないようならネットとかで公開すればいい。結構な規模の組織だろうから、ある程度の人に見られるだけで十分だ」

「僕、インターネット持ってないですよ?」

「誰も持ってねえよそんなもん。……とりあえず、今日何も見つからなかったら俺が適当に広める」


 一色は不思議そうに首を傾げながら、小さな口でパクパクとサンドイッチを齧る。

 二つあるサンドイッチの片方を半分ほど食べたところで一色はコーヒーに手を伸ばし、ゴクゴクと勢いよく飲んでいく。


「……アキトさん。お腹いっぱいです」

「少食すぎるな。ちゃんと食べないと背が伸びないぞ」

「16歳ですよ? もう今更伸びませんよ」

「まだ伸びるだろ。……本当にそれで大丈夫なのか? ウサギとかの方がまだ多く食ってるぞ」

「これ以上はお腹に入らないです。 んぅ、残り食べてくれます?」


 サンドイッチに目を向ける。一色の小さな口で齧った跡があり、それを見ると一色の口を感じてしまう。

 間接キスがどうとかそう騒ぐような年齢でもなく、今まで生きてきた中で気にしたこともなかったが、なんとなく躊躇してしまう。


「いや、いい。仕方ないから残していくか」

「申し訳ないです。……あの気分悪くしてないですか? その、食べ方が汚かったり、残したりで」

「別に汚くもなかったし、残すのも俺が無理矢理注文したんだから気にするな。どうかしたのか?」

「いえその……人と食事したの、幼稚園の頃以来だったので」


 気恥ずかしそうに頰をかいた一色は、口元を隠すように拭ってポケットから鉛筆を取り出す。


「高校に通っていなくても、小中学校で一緒に食うこともあるだろ」

「通ってなかったんです。一応、所属はしていたみたいですけど、行ったことはないです」

「よく親が許したな」

「会ったこともない義父に、絵だけを描くように指示されていたんです」


 この子は色々と……信じがたいことばかりを言う。

 自分のサンドイッチを食べて、ゆっくりとコーヒーを飲む。


「とりあえず、適当に辺りを見て回るか」

「んぅ、噂に聞くデートってやつですか? 僕、画材屋さんとか回りたいです」

「違う。……まぁ、それぐらいはいいか」


 コーヒーをゆっくりと飲んで一息ついてから、さっさと会計を済ませて外に出る。雷が鳴っていたら風が吹いていたりはしないが、まだまだ雨は止みそうにない。


 とりあえず雨から逃げるように画材屋に寄ったが、俺は絵を描かないので特に見るものがない。ぱたぱたとはしゃいでいる一色の後ろをついて、筆を見ながら首を捻っている一発で彼女を見る。


「アキトさんはどっちがいいと思います?」

「そんな服を買うときのような質問をされても、筆の良し悪しとか分からねえよ。というか、お前っていつも素手で描いてるけど、筆を使ったりもするのか?」

「だいたいの道具は使いますよ。気分とか表現したいことによって変えてます」


 一色は迷った末に筆を両方ともカゴに入れて、ついでのように近くにあった筆をいくつも放り込んでいく。


「……これ、いくらだ」


 財布の中身を確かめながら一色に尋ねると、彼女は首を横に振る。


「ちゃんと自分で買いますよ。収入ありますし、義父の遺産や不労所得もありますから気にしなくても大丈夫ですよ?」

「ああ、怪盗が現金をいくらでもくれるんだったか。画材とか、今までもこうやって買っていたのか?」

「基本的に、熊野さんが買ってきてくれますね」

「誰だ……?」

「義父が雇ってた家政婦さんのひとりです。最近は会ってないですけど、いい人ですよ」


 何気なく話す一色だが、俺にとっては家政婦も異世界や魔法のように別世界の話だ。

 普通の大学生である俺と比べて、一色は才も環境も、非凡なものを持っている。

 じくりと、息苦しくなるような劣等感。俺もこういう風に自由に生きれたならば……と、嫉妬と羨望を交えた感情をため息と共に吐き出す。


「カゴ、そんなに買うなら重いだろ」

「あ、ありがとうございます」


 色々と絵の具やらペンやらをカゴに入れていく一色から買い物カゴを取る。

 一色はふにゃりと人の良さそうな笑みを浮かべ、色鉛筆をカゴに入れる。


「アキトさんは、どんな風に生きてきたんですか?」

「お前と違って語るようなところもないな。異世界にも行ってなければ、絵を描いたりもしてない。普通に学校に通ってただけだな」

「聞きたいです。どんな風に過ごしてたのか」

「面白い話なんかねえよ」

「面白くなくていいですよ? アキトさんのことが知りたいだけですから」


 俺を見つめて不思議そうに言う一色から目を逸らす。


「……恥ずかしげもなく、そういうことをよく言えるな」

「んぅ?」


 こてりと首を傾げた一色は、黒色の宝石のような瞳をジッとこちらに向ける。

 幼い容姿だが、可愛らしさよりも美しさを感じる顔立ちだ。

 微笑みを浮かべながら閉じられた薄桃色の唇のせいか、俺を見つめる目のせいか。

 絵画のように整ったかんばせは、人は獣であるという当然の事実を隠すようだ。


「口説き文句のようだ、と言っているんだよ」


 俺の言葉を聞いた一色は、徐々に頰が赤みさしていき、恥ずかしそうに顔を隠しながら半目で俺を見つめる。


「そ、そんな風に聞こえました? で、でも、アキトさんも結構アレですよ? その、口説いてるみたいなこと言ってますよ?」

「実際、口説いてるからな」


 俺の言葉を聞いた一色は顔を真っ赤にしながら焦ったように手を忙しなく動かす。


「な、な、何言ってるんです!?」

「冗談だ」

「えっ……あっ……ば、ばか!」


 一色は俺の手から買い物カゴを取って、ぱたぱたと下手な足取りで急いで会計へと持っていく。

 少しからかいすぎただろうか。

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