episode:1-9 【雨の日喫茶】
怪盗と俺は多少の距離を置きつつ、探り合うような会話をする。
「何でアレで私が出てくると思ったの? 屋根裏のスペースに潜んでいるって分かったにしても、屋根裏を覗いた形跡なんてなかったけど」
「単純に消去法だ。盗聴器が仕掛けているわけではないが、盗聴でもしていなければ鉢合わせるリスクがある。それなら直接どこかに潜んで聞くしかないだろ」
「あの時に私がいるとは限らなかったんじゃないの? 昼間なんて盗みにくいしさ」
「もちろんいるかいないかは分からないが、いるとしたら昼間だし、盗むとしても昼間だ」
一色ほどではないが整っているな、と怪盗の顔を見て思う。
まぁそれはどうでもいいことか。
怪盗は怪訝そうに眉をひそめる。
「俺がいるのは昼間から夕方にかけてだからな。盗むなら昼間しかない」
「何で?」
「分かっていて聞いてるだろ。お前の立場で一番恐れるのは『運悪く鉢合わせる』ことだ。たまたま俺が来たときにバッタリ会ったり、盗聴されていないだろう外で見張りをしていたりってのが最悪のパターンで、俺と一色の位置が分かるときに盗みを働こうとするのが自然だ」
「なら、何で屋根裏を確かめなかったの?」
「確かめたら警戒されるからな。警戒される前にやれる手を試したかっただけで、今回ので引っ張り出せなかったら確認するつもりだった」
結局、一色の言う通り『いい人』だったので呆気なく発見することが出来たが、そうでなければ時期を見て屋根裏を探索していただろう。
コーヒーを飲み、一色の絵に目を向けている怪盗を見る。
捕まえてからでは聞けないようなことでも聞こうかと思ったが、こんな状況を予見していなかったので質問がまとまらない。
「……シュイロンの絵、見たのか?」
「えっ、何で?」
「盗んだのだから、見ていてもおかしくはないと思っただけだ」
「いや、そうじゃなくて……それって今聞くことなの?」
怪盗は心底不思議そうに首を傾げる。
「だって今って、こう……状況を探り合って有利な状況に持ち込む、みたいな状況なんだと思ってたんだけど」
「それもそうなんだが、一色の前では聞けないから今のうちに書いておこうかと思ってな」
「んー、まぁそれぐらいなら答えてもいいけど、十二枚あるうちの三枚目までは見たよ」
一色の最高傑作である【連作シンリュウ】は十二枚で一組の絵である。
盗んだ絵を見ているなら全部見ているものかと思っていたが、怪盗は俺以上に絵への興味がないのだろうか。
いや、この部屋に入ってから一色の絵を見て感心するような表情を浮かべているところを見ると、そういう風にも思えない。
「何で最後まで見ていない。バラバラに盗まれたりでもしたのか?」
俺の問いを聞いた怪盗は、机の上に手を置いて、古傷だらけの指先でトンと音を鳴らす。
桃色の唇が震えるようにゆっくりと開けられる。
「アレをちゃんと見たら気が狂う気がしてね」
「……大仰だな」
「そうだね、大袈裟かもしれない。四分の一しか見てないわけだしね」
怪盗は興味がなさそうに腰の近くまで伸びた黒髪をいじりながら『でも』と続けた。
「過小評価かもしれない。『気になるから』なんて理由で山にある謎の穴に腕を突っ込んだりする?」
「……埋蔵金が埋まってる山ならするかもな」
「へー、君はそう思うんだ。シキちゃんも愛されてるね」
俺が眉をひそめると、彼女はけらけらと笑う。
「お前は違うように思うのか」
「鬼が出るか蛇が出るか。どちらにしたところで、ロクでもないものだとは思ってるよ」
「……そうか」
「怒らないでよ。人格と才能が一致しないと思ってるだけだよ。世界一美しい心の持ち主が、世界一美しい容姿をしてるとは限らないようにね」
そう話していると、奥から一色がひょこりと顔を出した。まだ鼻の先が少し赤いが、半泣きになっていたのは戻っていて少し安心する。
「着替え終わったので、仕切り直しましょうか」
「あいよー、じゃあはじめからやり直そうか」
一色に続いて怪盗が一色の部屋に入り、俺は扉の前に立つ。
身体をほぐして今から走る準備をしている怪盗を見ながら、ため息を吐き出す。
「……初期位置に戻るわけないだろ。怪盗相手に」
「ひ、卑怯な!」
狭い室内。一番容易に出入り出来る扉は俺が抑えている。 あとはゆっくりと距離を詰めて捕まえればいい。
隙を見せないようにすり足で怪盗に近づくと、怪盗は窓へと飛び跳ねる。
「ガラス代は後で弁償するねっ!」
怪盗はそう言いながら腕をクロスにして窓へと突っ込み、ゴン、と鈍い音を立てて床に落ちる。
目を白黒させて驚いている彼女に近づき、近くにあった一色のベッドのシーツで縛り付けた。
「確保出来たな」
「……えっ、何!? ガラス硬くない!? 腕がとても痛いんだけど!?」
騒いでいる怪盗を抑えながら一色に言う。
「ガムテープを持ってきてくれ」
「あ、はい」
一色は部屋にあったガムテープを持ち、俺が抑えている怪盗の脚をぐるぐると巻いていく。
続いて腕も合わさせてガムテープで拘束し、ベッドの上に転がす。
「えっ、なんで? 何が起きたの?」
「絵だ。アレは窓ガラスじゃなくて、一色の書いた絵。そういうことが出来るやつって知ってるだろ」
「いや、でもシキちゃんがそんな騙すような卑怯なことをするなんて……」
「アキトさんの指示ですよ。帰ってきたときに、コソッと指示を受けたので」
伝わっていてよかったと安堵の息を吐く。
一色が部屋に着替えに行くときに見せた指を二本を立てるのは『お前に任せる』の意味の合図だ。それでガラスを指差したのは『窓ガラスの絵を描いてくれ』という意図だった。
「なら、ゆっくり尋問させてもらうか」
黒を基調とした服の下に何か盛り上がりがあるのが見えて、それを取り出すとバタフライナイフが出てくる。
尋問しながら持ち物も確かめた方がいいだろうか。
そう考えていると、一色は怪盗をジッと見てからスケッチブックとペンを取り出す。
「デッサンしてもいいですか?」
「えっ、このタイミングで?」
「……まぁいいか。質問しながらでもいいならいいか」
「君はシキちゃんに甘すぎない?」
一色は俺の返事を聞いて、機嫌良さそうにスケッチブックにペンを走らせていく。作品を取り返したいんじゃないのか、と思いはするが、そういうやつなので仕方ないだろう。
「じゃあ、質問していくか」
「えー、答えないよ? 警察に突き出されても、今回は不法侵入だけだからね。私が怪盗アンチって証拠もないから、注意で終わるだけだね」
「……協力的に答えなければ、指を一本ずつ折っていく」
「それは勘弁してほしいけど。捕まえようとマントを掴んだときに私の首が絞まって力を緩めたような君に、そんなこと出来るとは思えないなぁ」
怪盗の指を軽く弄ってみるが、怯えた様子はない。
固い意志を持って黙秘しようとしているのではなく、本気で俺が何も出来ないと思っているらしい。
まぁ実際、彼女の指を折る気にはなれないが。
「んぅ、綺麗な身体をしてますね。引き締まっていて、柔軟性に富んだ身体です」
怒鳴って脅したりぐらいなら出来なくはないが、こちらが手を出すことがないと思っているならあまり意味はないだろう。
「あっ、ちょっと絵の具とキャンバス取ってきますね」
「……ああ」
ぱたぱたと動いている一色を見送りながら、彼女が置いていったスケッチブックを見る。素手以外で描いているのは初めてみたが、当然のように信じがたいほど写実的である。
そんな絵を片手に、俺は怪盗を見下ろす。
「義理立てる必要はあるのか? 金払いがいい客でも、自分の身と比べるようなものではないだろ?」
「んー、もくひー」
「それとも、売った相手を知らないのか? 盗みを実行するのがお前で、売りさばくのは別の奴の仕事とか」
「黙秘だよー」
何かしら脅しか交渉になる材料がなければ、話すら出来ないな。呑気にキャンバスを用意している一色を見ながら、雨で濡れた頭を掻く。
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