episode:1-6 【雨の日喫茶】
「まず、入り口は?」
「元喫茶店の入り口……いつもアキトさんが通ってるところがひとつと、あとは裏口がありますね」
一色はぱたぱたと歩いて裏口の方に向かう。ぱたぱたと急いでいるように聞こえるが、歩幅が狭いせいか音の割にはあまり進んでいない。
あまり足が上がっていないせいで小さな段差にカツンと足をぶつけ少しよろめいたのを見て、思わずため息を吐き出した。
「一色……お前歩くの下手だな」
「……自覚はありますが、歩くのが下手ってペンギンの赤ちゃん以外に言うことがあるんですね」
「ペンギンの赤ちゃん並みだからな。お前の歩行」
「んぅ……そんなことはさておき、ここが裏口です」
案内された裏口は、様々な画材が置かれた倉庫にそのまま繋がっていた。喫茶店をしていた時には、外から直接この倉庫に運んでいたのだろう。
何となく喫茶店の時代を思わせる雰囲気に浸りつつ、ぼんやりとこの部屋の作りを見る。
窓などはなく、部屋以外と繋がっているのは裏口の扉と廊下に繋がる扉だけ。
裏口の扉は簡素な鍵がかかっているが、泥棒なら簡単に開けられるだろう。それに裏口から見える外は、喫茶店の入り口と似たり寄ったりの外からは見えにくい場所だ。
正直、素人の俺でも盗みに入れそうだと感じる。
まぁ、目的は盗ませないのではなく、盗ませて捕まえることなのだから、鍵を新丁するということをしても怪盗の警戒を強めるだけか。
一応外に出て、周りの景色と鍵穴を見てみる。
「鍵穴にピッキングの跡はないな」
鍵穴を硬いもので弄り回せば、当然その跡が付く。
何度も被害を受けているなら合鍵を使われている可能性もあるし、そもそも一色がちゃんと戸締り出来ていないだけの可能性も高い。
さっき普通に裏口の鍵も空いていたし、店側の入り口も締まっていたことがない。
「相手は怪盗なんですから、鍵が閉まっていても普通に入ってこれるものじゃないんですか?」
「超能力者じゃあるまいし、タネがあるに決まってるだろ。……そもそも開けっ放しの日中に入ってきてる可能性もあるか」
下手に侵入して一色と鉢合わせるのも避けたいだろう。
頻繁に入ってきていることを思うと何かしらの確実な常套手段を確立しているはずだ。
「……一色は夜には寝ているか?」
「んぅ……寝てるときは寝てると思いますけど、基本眠くなったら寝てる感じですし、普段は時間も気にしてないので分からないです」
「安定して盗むのは難しそうだな。盗み以外でも気軽に侵入しているようだし。……どういう手を使ってるんだ? 近くにいて物音で分かるぐらいはありそうだが」
物にもよるが、キャンバスはそんなに小さいものでもないので、物音を立てないように運ぶのも一苦労だろう。
それに侵入するのは窓からでも大丈夫だが、脱出は裏口か玄関のどちらかのはずだ。裏口の方はアトリエになっている喫茶店の店内からは多少離れているとは言えど、音を立てれば聞こえることだろう。
「盗まれる絵はどこに保存してるんだ?」
「ここの隣の部屋です。だいたい全部持っていかれるので、今はそんなに溜まってませんけど」
「……また盗みやすそうな場所に」
見てみると元々は従業員の休憩スペースにでもしていたような形跡が見える部屋に大量の絵が並べられていて、いくつかの絵の額に『アキトさん用なので盗まないでください』と書いてある紙が貼られている。
「……これ効果あるのか?」
「んぅ……シュイロンの絵でもなければ、そこまで価値があるってわけでもないですから、多分盗まないでいてくれると思います」
「そうか……」
もう本人に侵入経路を聞いた方が早いんじゃないかと思ってしまう。メシを用意したり、金を用意したり……。
「あ、そういえば冷蔵庫ってどこだ?」
「んぅ? お腹空いたんですか? アトリエの方にありますけど」
「カウンターの奥か?」
「えっ、はい」
「……お前って基本あそこにいるよな? ずっと絵を描いて」
「いえ、趣味で読書したりするときはこの部屋です。本に絵の具つくのも嫌ですから」
本なんて読むのか、と少し意外に思いながらも考えをまとめる。
「一色の生活が不規則で読みにくいことや、部屋の近さを考えると……動きが把握されているとしか思えないな」
「把握、ですか?」
「例えば盗聴器や監視カメラがついていたりな。最近のは数ミリのスペースがあれば設置出来るらしいから、そう考えるのが自然だろう」
「それはないですよ。僕は目がいいですから、部屋の景色が変わってたら絶対に気がつきます。小数点五桁ミリ以下ならぼーっとしてたら見逃しちゃうと思いますけど」
「はいはい。とりあえず何か設置されてないか調べるか」
盗聴器や監視カメラの電波を受信する探知機などがあれば手っ取り早いが、そんなものを都合よく持っているはずもない。
手作業でありそうな場所を探していくことに決め、すぐに取り掛かる。
分かってはいたが、絵を描くための物以外は極端に少なく盗聴器やらを仕掛けるようなスペースは少ない。
二人掛かりで丁寧に見ていくが一向にそれらしいものが見つからず、濡れていた髪も乾いてくる。
「……ないな。一応、盗聴探知機をネットで買っとくか」
「あっ、おいくらぐらいですか?」
「俺が出すから気にするな」
「それだと余計気になります。僕のことなんで、僕が出します」
「あー、なら買ったら言う」
購入して一色に隠れて調べたらいいか。見つけてもたまたま見つかったことにして探知機のことは隠せばいいだけだ。
手早くネットで注文して、一色に向き直る。
「もし盗聴されていたら話すに話せないから、外で話すか」
「散々話してると思いますけど……」
「こっちが対策をして捕まえようとするって話だけしかしてないだろ。それでも怪盗は来る。一色の絵には高い価値があって、俺のような素人が捕まえようとしても、ザル警備なのは変わらないからな」
腹も減ったし、飯を食うにはいい時間だ。
ゆっくりと作戦を立てるがてら外食でもするには丁度良い。
玄関の前で雨音を聞きつつ振り返って一色を見ると、気まずそうに頰をかいていた。
「えっと……傘持ってないです」
「……どういう生活をしてるんだよ」
雨が降ったらお休みか。
どうしたものかと思いながら玄関の前に立っていると、一色が小さい歩幅でゆっくりと俺の方へと来て、すぐ隣に立つ。
「行きましょうか」
「……まぁいいけどな。何か食いたいものとかあるか? どこか座れるところに行くつもりだけど」
「んー、コーヒー飲みたいです。いい匂いの」
「喫茶店にでも行くか。少し歩くことになるが」
途中にコンビニでもあれば傘を買えるが、この辺りにそんな都合のいいものはない。
年頃の少女とふたりでひとつの傘を使うというのも少しだけ照れ臭いが、一色が気にしないなら俺も気にする必要はないか。
傘を開きながらゆっくりと外に出ようとして、雨と絵の具とコーヒーの匂いに混ざった、薄いしゃぼんの香りに気がつく。
「……? どうかしました?」
「いや、今出て行って盗まれたらどうしようかと思っただけだ」
「気にしなくてもいいですよ?」
「お前は少しぐらい気にしろ」
一色の少女らしくも落ち着いた雨に溶けるような声。
こちらを不思議そうに見ている一色から目を逸らしながら、まだ少し湿気ている頭をかいた。
また今度、傘を買ってきてやるか。
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