第12話 トリックルーム
壁にかかっている時計をちらりと見た。23時55分。
『肉薄』の用意した問題を読んできた。あと読んでいないのは最後の、5/5のみ。
TRICK ROOMの店内に残り、留置所に行く彼らを送り出した。『強欲』はそれを少しだけ後悔した。
物語に干渉するのを避けてきた。
自分ならこの状況をどうにかできただろうか。
何か自分にできることはなかっただろうか。
『正義』は勝負に負け戦闘不能。
『怠惰』は不意打ちで意識不明。
『溺愛』は檻の中に。
『肉薄』はいつの間にか現れ、『溺愛』に死の選択を迫る。
状況はこの通り。留置所では今、まさにクライマックスといったところか。
「『怠惰』さんが、殺されるんですか?」
店の主、『最強』は、まるでそれが物語の中の話であるかのように、楽しそうに笑っている。
「『肉薄』もやるねぇ」
登場人物たちは全て登場し尽くしたように思える。この場面でなんとか『溺愛』を助け出せるのは、あとは細石の起爆師、御垣だけ。
「おかしくないですか? どうして二人が殺されなければならないんですか? トリック有りきの殺人じゃない。明らかに動機有りきの殺人じゃないですか。これはTRICK ROOMの問題と言えるんですか?」
「確かにな。『強欲』の話も一理ある。ここは動機などクソ喰らえな、トリック狂いのためのステージだからな」
そもそも『十字』だとか、『字重なり』だとか、聞いたことの無い単語も垣間見える。
「『肉薄』はある種、『十字軍』に傾倒しているからな」
「『十字軍』? ……なんですか、それは」
「TRICK ROOM創設に関わった三人のうちの一人。『十字』の作ったチームが『十字軍』。『十字軍』の作ったルールが『十字課』だな。そのひとつが、『字重なり』。参加者の頭文字が重なることは罪だ、というルールが『字重なり』だよ」
「頭文字が重なる? 『溺愛』さんのDと、『誰何』さんのDが重なっているから、この事件が起きたって言うんですか?」
「と、『肉薄』は主張しているんだな」
「狂ってる」
「それを『狂鳴』が言うんだから、面白いよな」
誰もが納得のいく動機じゃなければいけないなんて、トリック狂いの彼らには言うことの出来ない反論だ。彼らの『トリックこそ原動力』なんて動機、誰も納得などしないだろう。
「もしこのまま、『怠惰』さんを囮にして、『溺愛』さんを殺したって、何のトリックも成立していない。こんなものが『TRICK ROOM』の極上の謎なんて言えるはずがありません。こんな悪問、許すことはできません」
そして何より、TRICK ROOMの名探偵であり名犯罪者の『怠惰』の命がかかっている。こんな問題で、彼の命が散るなんて、『強欲』には考えられなかった。考えたくはなかった。
『最強』は両手を広げて、変わらず笑う。
「俺はタイムマシーンなんて作れないからな。既に起こった事象は覆せない。その問題が予知した未来なのなら変えられるが、既に起こった過去のものなら変えられない。君の推理を聞こうか。過去のものなら、君にできるのはこの問題にマイナスの星を付ける、ただそれだけだぜ」
部外者は、読者は物語に干渉することは出来ない。
そんなこと、分かっていたはずなのに。
この問題が予知した未来のものだったとしても、こうしてここで叫んだとしても、時計の針は進む。既に、時刻は0時を回るところだ。何も、することが出来ない。
「こんな……、こんな問題……!」
「ピコン」
◆
「つまらない」
彼は、そう吐き捨てた。
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