第六章『愛と呼べない夜を越えたい』

22:05

第1話『愛と呼べない夜』1/5


 『溺愛』が死ぬまで、あと2時間。


 一触即発の空気を劈くような、簡素な着信音。皆が注目する。『強欲』が報せた。


「新作の問題が投稿されました。『愛と呼べない夜』。全部で1、2……、5話まであるみたいです」


「冊子は印刷するまで時間がかかるから、タブレットだとすぐに読める。アプリの導入をオススメするよ」


 トリックルームの主こと『最強』はアプリを売り込んだ。

「そんな正体不明の怪しいヤツが作った正体不明の怪しいアプリをインストールするわけあるか」

「俺もパス」

「で、でも! これ読んだ方がいいと思いますよ、だって! 冒頭のところにこう書いてあります!」


>『溺愛』が死ぬまで、あと2時間。


「……って!」

「ふうん。出題者は誰だっけ?」

「『肉薄』って人です」


『怠惰』は思考を巡らせるために店内を歩き回った。


「『肉薄』か。あいつは出題する問題の現場にわざわざ入り込んで、事件の現場をリアルタイムで目撃しないと気が済まない変態だ。おそらくその問題の現場にもあいつがいるんだろうな」


「それなんですが……、僕もまだ読み途中なんですか、ここにいる僕たちが、この問題に気が付いて今こうして話していることが、そっくりこのまま問題文に書いてあるんです。まるで、リアルタイムでこの場を見られているかのように」


「は? どういうことだよ!」

「はい、このセリフもここに書いてあります」


 『強欲』はタブレットを掲げて両者に見せた。

 『怠惰』はようやくこの問題に、少しばかりの興味を見せたように、そのタブレットを奪い取る。


「ふうん。なるほどね。さわりを読んだ限りだと、この後僕と『正義』は、『溺愛』を助けるために留置所に行くみたいだよ。なるほど。今この現状が書いてあるんだ。面白い」


 『怠惰』はすぐにタブレットを『強欲』に返した。


「なぁ、『正義』。ここは『肉薄』のステージに招待されよう。こうして僕と君が物語に登場するのなら、リアルタイムで僕らも事件を目撃出来るかもしれない」


「いやだね。俺には何のメリットもない」


「なら、僕がとびっきりの情報網で『九十九塚佳織』の個人情報を調査して、君に渡そう。それならどうかな?」


 九十九塚佳織は、『正義』の実の弟、『誰何』を殺した張本人の名前だ。


「……いいだろう。しかし、『溺愛』を助けるかどうかは俺が決める。あいつも同罪だ」


「それは構わないよ。僕は『溺愛』が、どのようにして殺されるのかが知りたいだけだ」


『怠惰』は『正義』の姿を一瞥した。

『正義』は喪服のような、漆黒のスーツに身を包んでいたからだ。


「なら僕も君に合わせてスーツで行こう。せっかくの『肉薄』の用意した舞台だ。正装で行かないとな」


 店内に飾ってあったネクタイを締め、ありあわせのものでスーツを用意した。


「あ、新作の凶器を見ていくかい? 『倍返し』って言ってね、名に恥じない殺し方だよ。それが……」

「いやいいや。今回はただの目撃者だからね」


 店の主をスルーして、『怠惰』は階段の手すりに手をかける。


「『溺愛』がいる留置所はどこだ?」

「ここから車で15分程かな」


「『肉薄』のことだ。おそらくタクシーは用意してあるだろう。行くぞ、『正義』」

「あぁ、気に入らねぇ奴はぶっ殺してやる」


 『正義』はその名とは裏腹に、鉄竹刀を打ち下ろす標的を探すような目付きだ。


「じゃ、『強欲』。極上の謎、推理を楽しんで。こっちはリアルタイムの殺人劇を楽しんでくるからさ」

「は、はい」


 登場しない『強欲』は蚊帳の外だが、しかし楽しそうだ。タブレットに流れてくる文字を追うのに必死だ。

『怠惰』たちは階段をあがり、鉄扉を閉じ店を後にした。




 『溺愛』が死ぬまで、あと2時間。

 場合によっては少し早まるだろうが。

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