第14話 計り知れない悪意

◆どうやって一瞬で死体を運んだのか?

起爆スイッチ……?」

「犯人が離れた場所からトリックを仕掛けるなら、起爆きっかけが必要だ。そのあからさまな取っ掛り、『強欲』なら気づいているだろう?」


>金属が何か固いものに打ち付けられたような音。その後、金属がひしゃげたような、ぐわんぐわんとした音がどこかで響く。(第10話 『月蝕』より)


「音……?」

「そういえば、音をきっかけにして、桐文字と青山がテラスに行って、遺体が発見されてたな」

「それもそうですが、月が紅く染まったことも、この音が何か関係しているんじゃないでしょうか?」

「……ん。音と言えば、気を失っていた大迫が目を覚ました時に、同じような音が鳴っているよな」

「金属が何か固いものに打ち付けられたような音? 明らかに何かが起きている」

「鉄板? 確か、刑事が鉄板がどうのこうのって言ってなかったか?」


>「事件後の事情聴取で桐文字が話していたじゃないですか。テラスから、大きい鉄板がなくなっているって。あれ、別荘の庭で発見されたんですよ。テラスから落ちたみたいです」(第11話 『事件解決』より)


「大迫さんが起きたことで、音が鳴っている。ということは、大迫さんが起きて、鉄板がテラスから落ちた。それによって、遺体が出現した?」

「鉄板の上に大迫が寝てたんじゃねぇか? で、起きたからずれて、鉄板が下に落ちた」

「いえ。大迫さんが起きたことによって、鉄板が落ちて、その後遺体が出現しています。何かもうひとつ仕掛けがあると思うんですが……」

『怠惰』は頷き、

「そう。刑事はもう一つ、気になることを言っていたよ」


>まず、現場に残されていた『珈琲缶』です。関係者の誰もが、テラスに持っていった覚えはないと証言しています。(中略)中身は空っぽでした。被害者の胴体の傍に転がっていましたね」(第11話 『事件解決』より)


「『強欲』の推理は実は惜しいところを突いていた。ヒントは『正義の天秤』だよ」

「あ?」

『正義』は自分がバカにされていると思ったのか、『怠惰』を睨みつけた。

「……あ」

『強欲』は目を見開いて席から立ち上がった。

「あ、あ。……はまった」

「なんだ? 急に」

『強欲』は目を閉じ、深呼吸をする。

「ピースがはまりました。そういう、ことだったんですね……」

 『強欲』は、何かを悟ったようにすっきりとした顔をしていた。

「だから、何がどうしたって言うんだよ!」

振り下ろした鉄竹刀が、ビリビリと床を震わせた。

「横に倒した珈琲缶の上に鉄板を置いて、簡易的なシーソーを作り上げたんですよ。鉄板の両端の、一方に大迫さん、もう一方に被害者の黒部さんの遺体を置く。大迫さんが目覚めてシーソーから降りたときに鉄板は反対側に載っている遺体の重さで傾き、遺体はテラスに投げ出されます。血液がテラスの天窓に飛び散り、月が紅く染まった。そういうことだったんじゃないでしょうか。起爆は大迫さん自身だったんです」

 シーソー。天秤。それがトリックの起爆スイッチだ。偶然か狙ったのかは不明だが、鉄板がテラスの外に落ちたことによって、トリックの証拠は奇妙な音を残して消滅する。

「そう。大迫が目覚めた時に勝手に発動するから、犯人は大迫を寝かせた後、ずっと誰かと一緒にいてアリバイを作っておけばいい」

「被害者の遺体はテラスにバラバラに置かれていました。シーソーに乗せた遺体以外の部分は、天窓から見えない床に置いていたんだと思います。そうすれば、仕掛けが発動する前に誰かが天窓を見上げたとしても、遺体が発見されることはありません」

『正義』は笑った。声を殺した様に、笑う。

「なるほどなぁ。これが狂ったゲームTRICK_ROOMの真相って訳か。こんなことのために『誰何』は殺されたのかよ」

「狂った?」

『怠惰』は笑った。しかし、目はどこか悲しみを湛えているようだった。

「『正義』。君が到達した真実はまだ序の口だ。この事件の狂った点は最後の問いだよ」


◆何故遺体をバラバラにしたのか?


「はぁ? そんなもの、リュックに入れて運ぶためだろう?」

「BBQの道具に紛れて運ぶためには、ある程度遺体を小さく分割する必要がありますからね」

「違うね。全然違う。遺体の運搬方法なら、『強欲』が言っていた、『被害者本人にテラスまで来てもらう』方がずっと楽だ。リスクも少ない。テラスまで呼び出し、遺体を解体する方が証拠も残りにくい。実際、リュックサックを使った運搬方法を採用したために、犯人は1人に絞られているじゃないか。被害者にテラスまで来てもらえば、犯人は特定出来なかった。これは犯人側のヒントであり、遺体損壊の絶対条件じゃないよ」

 この狂ったゲームは、動機など関係ない。『誰何』が恨みを買っていたから、怨恨による遺体損壊だとか、そんなものではない。

「シーソーのトリックをするためには、寝ている大迫小夏の体重よりも、。小柄で腰も細い女性の体重と、男性の体重を比較すれば、一般的に見て男性の体重の方が重い。計るまでもない。そのために、『誰何』の遺体はバラバラにされていたんだ。大迫小夏の体重よりも軽くなるように微調整を加えられて、ドリルで肉を削り、骨をバラして、あくまで、バラバラにされたんだよ」

 狂っている。

 壊れている。

 あくまでトリックのために。

 すべてはトリックのために。

 狂おしく、愛らしい。

 壊れるほどに、愛おしい。

 ずれている。感覚が、愛情が、動機が、価値観が、ずれている。その狂った部屋TRICK_ROOMに身を置くことの重大な欠陥を感じるのならば、ここにいるべきでは無い。

 この鉄扉の中に隠された狂気の集い。

 殺人の倫理など関係ない。

 トリックはすべてに優先する。

 設定を、背景を、所属を、能力を、出自を、所持品を、遺留品を、くまなく目を通せ。

 極上の謎が待つ。解き明かされるのを、待っている。

「そんなことのために、なんでだよ! なんなんだよ!!」

『正義』は咆哮した。

「恨むなら、きちんと恨まないと。対象は正確に捉えないと空振るぜ。トリックルームは、殺人鬼の集団じゃない。殺人ゲームのプレイヤーなんだから」

 どうせなら、彼らに一泡喰わせてやろうか。

 プレイヤーたちを殺すか?

 いや、ただ殺すだけでは物足りない。彼らを巻き込んで、殺人ゲームを起こすのも乙かもしれない。と、『怠惰』は店内に並ぶ凶器たちを見回して、考え込む素振りをした。真剣な顔立ちで、しかし口元は楽しそうに笑っていた。

「トリックルームをぶっ潰す」

「店長がここにいるのに、そんな物騒なこと言わないでよ」

『最強』が苦笑いをした。

 殺意を持つ『正義』と、手に持つ凶器、鉄竹刀。殺されてもおかしくないトリックルームの店長『最強』。法が届かない地下の密室。

 環境犯罪学の観点から見れば、ここはいつ殺人が起きてもおかしくない状況だった。

『ピコン』

 その時、場違いな、音が鳴り響いた。

 緊張状態を阻害する、静寂を邪魔する、耳障りな音。

 正義の天秤が今まさに、殺人へ傾こうとしている矢先に、注意が削がれた。

 その音は、『強欲』が持っているタブレットのものだった。

「……トリックルームの新しい問題が投稿されたようです」

「よし、分かった。その出題者を殺す」

「何が分かったんだよ。そのめちゃくちゃな理論はやめてくれないか」

「出題者は、『The Real』。題名は『愛と呼べない夜』ですね。登場人物に……、大迫小夏?」


 嵐の夜は、まだ、明けない。




『珈琲は月の下で』  解答編   完






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