解答編

第13話 困難は分割せよ


「じゃあ、まずは遺体をどのようにしてテラスまで運んだのかを考えてみようか」

『怠惰』が問題を提示する。


◆どうやって一瞬で遺体を運んだのか? どうやって遠隔で遺体を出現させたのか?


「一瞬でテラスまで遺体を運ぶなんて無理ですよ。人間一体ならまだしも、遺体はバラバラにされていました。一人で運ぶにはエレベーターは一回で済むかもしれませんが、そこからテラスまでを何往復もしなければなりません。そんな長時間、席を離れたという描写がされた関係者は一人もいないはず。一体どんなトリックが……?」

『狂鳴』がぶつぶつとつぶやく。独り言なのか、質問なのかわからないような口ぶりだ。

「そのトリックは今回の根幹だ。とりあえず、まずは凶器の特定をしよう」

「凶器って言ったって、どこにもねぇじゃねぇか」

『正義』が鉄竹刀を握り直した。

「倉庫のなかにあるっつー月面掘削機が一番クサいが、耳を塞ぐほどの騒音だっていうじゃねぇか。そんな音がしたら、現場にいた誰かしらが気付くだろうが」


>知り合いの店で、宇宙旅行の費用を使って月面掘削機を買ったこと。巨大なドリルが付いていて、バッテリー式で女性でも持ち運べる。倉庫にあるから後で見てみないか。(第4話 珈琲は月の下で③ より)


>月面掘削機の発する音は、耳を塞ぎたくなるほどだ。誰にも気づかれないように遺体を損壊しうるものでは無い。(第11話 事件解決 より)


「『狂鳴』も『正義』も、きちんと読み込んでいるね。だったら、この言葉も当然、覚えているんじゃないかな」


>「うちが取り扱うドリルはバッテリー式、軽くて女性でも持ち運べる、静音性もバッチリ! 各種アタッチメントも取り揃えているよ」と店主は笑う。

(第8話 毒を喰らわば底まで より)


「当然だろ。それが大問題だって話じゃねぇか。静音性がばっちりだって言ってるじゃねーかよ」

「違う、そこじゃないよ。もう一つ大事なことを言っているよ」


>「うちが取り扱うドリルはバッテリー式、軽くて女性でも持ち運べる、静音性もバッチリ! 」と店主は笑う。


「各種アタッチメントさ。静音性ばっちりなドリルに、アタッチメントをつけて、耳を塞ぎたくなるような音にデチューンさせたんだよ」

 車の排気音をわざと大きくさせるカスタムもよくある。静音性ばっちりな凶器を使い遺体を解体した後、アタッチメントをつけることで、を得たわけだ。調べれば血痕が検出されるだろうが、キャンプの調理器具と同様、血は犯人が警察を混乱させるために付着させたとされ、確かな騒音性が守ってくれる。凶器が特定されることは無い。

「そんな意味不明なアタッチメントあるわけないだろ!」

「依頼されればどんな道具でも作るのが当店だぜ」

 店主はにやにやと笑う。それは認めたようなものだった。

「遺体を損壊させた凶器は倉庫にあったドリル。つまり、容疑者の中では倉庫に行くという描写があった九十九塚と桐文字が怪しいですね」

 尾藤は大迫が社長室、また、屋上へと行っている間別荘から離れている。毒殺の件ならいざ知らず、バラバラ殺人の件は別荘にいないと実現できないから容疑者から除外できるだろう。

「と、いうことは大迫さんが社長室へ行ったあと、自由行動中に被害者の黒部をテラスに呼び出して、テラスでバラバラにしたんですね。それなら遺体を運ぶのは簡単です。本人に来てもらったんですからね。ドリルは持ち運びできますから」

「いいや、だったら大迫がテラスに行った時に血まみれバラバラ遺体を見ているはずだ。あそこでバラバラにしたんなら、片付けるのが大変だろ。そんな時間なんてなかったはずだ」

「大迫さんがテラスに行って気を失った後から、奇妙な音が聞こえた時までの間に遺体を運んで、バラバラにした。かなりの早業ですよね……」

『強欲』の推理に『正義』はため息をつく。

「俺は遺体の運搬方法なら当たりはついてるぜ」

「えっ」

「『正義』の直線推理か。いいね。聞かせてもらおうか」

「大迫が言ってたじゃねぇか。数人でテラスにBBQ道具を運んだ時に、既にリュックサックの中に分割された遺体が入っていたんだよ。テラスに道具を運び終えた時点で既に黒部は殺されて、分割されていた。大迫をテラスで昏倒させた後、荷物からゆっくり取り出せばいい」

「それは違うと思います。ここを読み返してください」


>テラスに置いてあったリュックサックを持ち上げてみる。ここにみんなで運んだ時、既にこの中にバラバラの死体が入っていて、私たちが知らない間にここに運んでいたとすれば、テラスに死体を用意するのは簡単じゃないだろうか。

 しかし、床に置いてあるリュックサックを持ち上げると、

 むしろ、倉庫で持ち上げた時よりも重く感じる。

(第10話 『月蝕』より)


「ここにある通り、皆で荷物を運んだ時と同じように重いんですよ。遺体を荷物の中に紛れ込ませて運んだなら、遺体を出したあとです」

「同じように重いんじゃねぇ。よく読んでみろ。倉庫で持ち上げた時より感じているじゃねぇか。荷物の中身が変わっていないんだったら、重さは変わらないはずだろう?」


>「リュックサックにはね、重いものほど上の方に入れた方がいいの。重心との距離が近くなって、持ち運びやすくなるのよ」(第3話 『珈琲は月の下で②』より)


「荷物を運んでいる時は、重い遺体を上の方に入れて荷物全体を軽く感じさせて、遺体を下ろしたあとは荷物を逆に下の方に入れて重く感じさせたんだよ。上下移動はエレベーターに乗っているだけだから、そんなに苦じゃねぇだろ」

「それにしたって! バラバラだとしても首ひとつ5〜6kg、胴体はバラバラにしたって10kg以上はあるはずです。多少の重みではないですよ」

「だから、なるべく軽く感じる工夫がされているだろ」


>倉庫の前のテーブルに置いてあった、パンパンに膨らんだリュックサックも、背負うとそこまで重くはなかった。(第3話 『珈琲は月の下で②』より)


「テーブルの上の荷物を背負えば、重心に荷物が近くなる。実際の重さよりも軽く感じるんだ。逆に、遺体を発見後、荷物の重さを確かめる時は、こうなっている」


>しかし、置いてあるリュックサックを持ち上げると、しっかりに重かった。


「テーブルとは違って、床に置いてある荷物は、重心から離れているから、だ。遺体を運ぶ時は軽く感じさせ、遺体を出したあとは重く感じさせることで、違和感なく他人を使って運搬させたんだよ。もちろん、足や手、首程度の軽いものを他人に。自分は胴体などの重い部分を運んだんだろうぜ」

 困難は分割せよ。

 運びにくい遺体は分割すればいい。分割して、複数人で運ぶことによって困難を克服した。

 遺体の重さも、重心の位置を変えることで違和感をなくす。こうしてテラスに分割した遺体は運ばれた。

「……ということは、自然と犯人は限られてきますよ。もしその方法が正解なら、BBQの荷物を用意したのは、九十九塚、犯人は彼女しかありえません」

「犯人は九十九塚佳織。だとするとどうなる? 最初の問題だよ。九十九塚を含め、被害者と大迫以外の全員がオフィスにいた時に、突然遺体はテラスに現れた。既にテラスに遺体はあったとして、月を紅く染めたその起爆スイッチはどうやって行われたのかな?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る