第七章『雪待ちの人』

問題編

第1話 トリックルーム

「ご結婚おめでとう!!」

「おめでとうございます!!」



 鉄扉を開けると同時に、クラッカーを鳴らした。先の結婚式、披露宴で余ったものだ。入口で解放したクラッカーのキラキラとした紙の断片は、ヒラヒラと地下室内を階段も使わずに降りていく。

 TRICK ROOMの入口でたまたま出会ったお嬢さんは、そのささやかな余興に付き合ってくれた。

 階段を降り切ると、ニヤけた口元の若造がお出迎えだった。

「珍しい顔ぶれだね。『The Government』と『The Breath』」

「ちょうどひと仕事終えたとこだから」

『塗炭』と呼ばれた女性が長い髪を首の後ろでまとめた。

「私は友人の結婚式の帰りでね。実にめでたい。良い気分だったから、立ち寄らせてもらったんだよ」

『君臨』と呼ばれた老紳士。私は、ステッキを立てかけてカウンターの椅子に座った。

 見ると、カウンターには先客がタブレットを見つめ、目だけを左右に動かしている。

「おや、新入りかい? 初めまして。私は、『君臨』。こちらの美女は『塗炭』だ。君の名前を聞かせてもらってもいいかな?」

「あ、『強』……いえ、『The Rezonance』と言います」

「ほう……、『R』か。……面白い」

「え、はぁ。ありがとうございます?」

 新入りが気付かないのも無理はない。彼がここに選ばれたのは謎を解いたからでも、この鉄扉を開けたからでもないことなど。

「坊主。何か良い問題はあるかな?」

 坊主と呼ばれて『狂鳴』の少年は一瞬身構えたが、そう呼ばれたのは店主こと『最強』であることに気付いたようで、タブレットの、深き謎の海へ戻った。

「あぁ、今『狂鳴』は『愛と呼べない夜』という問題を解いているよ」

「そうかい。なら、彼の邪魔はしたくない。他のを頼む」

「えーと、それならこれはどうかな? 『雪待ちの人』。出題者は『The Fluid』」

『F』か。『雪待ちの人』。雪どころか雨も久しく降っていない。雪を待つその気持ちを、私は確かめたくなった。

「雪か。そそるね。いただこうか」

『最強』は、冊子を渡した。この薄い冊子の文字列の中に人の生き死にが凝縮されている。ノンフィクションでは無い。エッセイだ。その生き死にに纏わる謎を紐解くことが、私の残り少ない末路への生きがいともなろう。

 ポケットに手を入れ、小さな銃を取り出した。

 引き金を引く。パシュッ、という小さな音。壁のクッションに吹き飛ぶ坊主を視界の端に捉えながら、私の心は既に冊子の世界に釘付けだった。

 さぁ、行こう。

 どんな謎も、私が駆逐する。


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