第8話 毒を喰らわば底まで

 冊子を熟読し、ひと息つく。

 ふぅむ。謎の濃度に比べて、文章が長かったな。

 レジカウンターに腰掛け、ジンジャーエールを飲んでいた『欲望デザイア』は、「ちっ、なんだよ毒殺かよ」と言葉を漏らした。

「誕生日が命日たぁ、覚えやすいよな」

「それ、あまり外で言わない方がいいよ」

「被害者もよ、不倫してるならしてるでよかったのに、死ぬ前に良い奴ぶってさ、殺しにくいったらありゃしない」

 へぇ。随分可愛いことを言うじゃないか。

「悪いやつなら殺してもいい。良いやつなら殺したくないってことか? 生ぬるいね。老若男女、差はない。君は会ったことなかったかな。『The Justice』っていう、少々イカれた参加者がいるんだ。アイツはよく言うよ、『殺された奴が悪い』ってね。それが、アイツにとっての『正義』なのさ」


 >誰かが社長に毒を盛ったのだ。

 >一体、誰が? 何のために?

(問題編 第5話 珈琲は月の下で④より)


「TRICK ROOMのゲームにおいて、この文章に意味は無い。あえて返答するのなら、『』のであって、作中における動機の類は全て意味は無いんだよ。無関係だ」

 動機を当てるのは警察に任せて、僕らは「どうやって、誰が、どのように殺したか」を推理する。犯人はその推理をうまく躱して殺人事件を構築する。その頭脳戦や、手に汗握る攻防戦、推理の応酬。その極上の謎に舌鼓を打つのが、このゲームの楽しみ方だ。

「はいはい。っつーか、今回は『コレ』っつー商品が出てこなかったな。毒殺だから、『毒入り珈琲豆』って話かとも思ったけどよ。珈琲豆には毒が入ってなかったんだろ? この倉庫にあるドリルが怪しいと思ったんだけどなー!」

 被害者をぐっちゃぐちゃにしてくれるんじゃないかって、期待してたのに。と『欲望』はうそぶく。

「うちが取り扱うドリルはバッテリー式、軽くて女性でも持ち運べる、静音性もバッチリ! 各種アタッチメントも取り揃えているよ」と店主は笑う。

 取り扱っているらしかった。知り合いの店って、もしかして、ここの事だったのか?

「ま、今回は関係ないだろ。で、『欲望』。犯人、分かったのか?」

「……推理中だ」

「僕は分かったよ」

「なっ……、マジかよ」

「そうだね。誰が毒を入れたのか。を考えてもわからない。誰にでも可能だからだ。だから、『誰が毒を隠したのか』を考えればいい。ヒントは問題の中に隠されている」

「あ? お前……。うるせぇ、黙ってろ!」

「なんだって?」

 せっかく迷える後輩に優しくヒントをあげようかと思ったのに、まったく。と、思ったら『欲望』は、に怒鳴っている様だった。彼は僕の方を見ていない。

「お前に分かるんだったら俺にだって分かるんだよ!!」

『欲望』は立ち上がり、頭をかかえ独り言を怒鳴りながら店内を歩き、ついには商品棚に寄りかかり、腰をついた。

 眠ったように急に静かになった。

 と、思ったら数十秒後、彼は立ち上がり、身体に付いたホコリを払った。

「こんにちは。『怠惰』さん」

 胸ポケットからメガネを取り出して、かける。

「あぁ、『強欲グリード』の方か」

 メガネをかけてくれたのは、目印だろうか?

 あと、人格を交替するのってそんなに面倒なんだな。

「僕はこの問題。わかった気がするんです。……、答え合わせをしてくれませんか?」

「いいよ。でもどうせなら、解答として『最強』に答えれば? 賞金がもらえるよ。探偵プレイヤーなら、自信がなくても、自信を持って推理を披露するんだ」

「……、わかりました。店長さん。僕、解答します」

「はいよ。……じゃあ、お聞かせ願おうか」

 店主はにやにやと、笑う。『強欲』を怖がらせようと、無駄に圧を掛けていた。

 僕も楽しみだ。後輩の、初推理。

「自信無いですけど、でも、自信あります!」

『強欲』は立ち上がり、僕をまっすぐ見据えた。

 いや、答える時は、『最強』の方を向きなよ。

 と、思ったが、口には出さなかった。



「解答編につづく」

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