推理編
第7話 トリックルーム
10月。めっきりと寒くなった。サンダルなんて履いていられない。ネクタイよりもマフラーを巻きたいくらいだ。
鉄扉を開け、店内に入る。
「いらっしゃい」
「今日も僕一人か」
コロナの影響で、参加者のほとんどはオンラインで参加している。僕は本の質感が好きなため、こうして店内に足しげく通っていた。
ここはいつもたいして客は入っていないし、長い螺旋階段が空間を広く取っていて、地下室の換気システムも充実しているから、密になることも少ない。
「なんだい、寂しいかい」
店主は相変わらずにやにやと不敵に笑う。
こうも長期間、『溺愛』に追い回されない期間は無かったから、不思議と心にぽっかりと穴が空いたように感じられる。不服だが。
「新作をくれ。『珈琲は月の下で』ってやつ」
パシュッ。ドガゴン!
問題を受け取る際の、僕からしてみたら不必要のルーティンだ。参加者ごとに固有のマークが刻印された弾丸を店主の脳天に撃ち込む。線状痕は割印のようなものだ。このゲームのために行われた殺人事件を解くという、罪深き証。
「はいよ」
厚めの冊子を手渡される。白い表紙に黒い文字で『珈琲は月の下で』と印字されていた。
「今回は珈琲のように濃厚な、極上の謎だよ」
カウンターから見て一番遠い椅子に座り、冊子を開く。誰がいようといまいと変わらない、僕のルーティンだ。
「出題者は『黒点』か。ってことは、毒殺かな」
「先入観は禁物だぞ。『択一』だって自由回答問題を作るかもしれないし、『誰何』だって一人称視点の問題を作るかもしれない。君だって、誰も殺さない問題を作るかもしれないだろう?」
「それは無いな」
僕は珈琲よりは、ココアを好む。マグカップに粉を入れて、備え付けのポットからお湯を注いだ。少量入れて練る。この練りが重要だ。粉とお湯の融合を均一にしてから、お湯をさらに加えた。
「僕は目に見える全ての人が罪人に見える。罪人は罰せられなければならない。老若男女問わず、全てね」
「そろそろ君の出題も見たいね」
「歯車が噛み合えば、近いうちにやるよ」
と、誰かがやってくる音がする。鉄扉が開いた音だ。
カツン。カツン。とヒールのような音がする。
アイツ。久しぶりにやって来たか。僕と連絡がつかなくたって、僕がこの店に来る、そのルーティンは変わらないからな。
きっと、僕の姿を目にした途端、やめろと言っても走り出すに違いない。
「Sさま!」
……と。思ったら、降りてきたのはブーツを履いた『狂鳴』だった。
「あ、先輩。ちーす」
「先輩って呼ぶなよ。呼ぶならちゃんと挨拶しろ」
オーバーリアクションで両手を広げ、彼はため息をつく。
「アンタがセンパイなのは仕方ないだろ? 入った時期がアンタの方が先だ。まぁ、だからって俺が先輩を敬うかどうかは別問題だろ」
それは大問題だな。
この話しぶりから察するに、今は『
「お。問題解いてんのか。店長、先輩と同じのくれよ」
『欲望』が模擬銃を持って、店主に近付く。
「なぁ。これ、ゼロ距離射撃でも死なないの?」
「もちろん。やってみれぶぁああ!」
言葉の途中で店主は壁にぶっ飛んで、壁のクッションにぶつかりカウンターの中に張り巡らされた数多のクッションを経由して元の椅子に戻った。
「はいよ。極上の謎だ。ほら、ピンピン。平気だろ?」
「すげぇな」
僕からしてみたらピタゴラスイッチのようなクッションで戻る技術と努力がすごいと思う。模擬銃の代わりにハンコとか、スタンプとかでもいいと思う。
「次はボディに撃ち込んでみよっかな」
「『最強』を殺そうとしているのか?」
「殺人はトライアンドエラーだぜ。不死身のドラゴンでも死ぬ時は死ぬんだ。『最強』だって殺せば死ぬはずだろ」
「がんばって」
ちなみに僕は既に『最強』の頭にゼロ距離射撃をしたり、ボディに撃ち込んだりしてみているが、全く効果はなかった。後ろに吹っ飛び、その後あのあっけらかんとした笑みで謎を提供してくるのである。
不死身の『最強』を殺そうとするのは、とりあえず諦めた次第だ。とりあえずは。
さて。邪魔が入った。
物語に没入しよう。
極上の謎と、ココアを。いただきます。
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