第9話 嵐の前の静けさ


 緊張した面持ちの『強欲』は、意を決して切り出した。

「まず、大迫小夏が別荘に来た時に、黒部という男が社長室に珈琲豆を補充しに行きました。社長もそれを確認したからこそ、大迫小夏に珈琲豆を挽くように言っています。それなのに、彼女が珈琲を作ろうとしたときに、珈琲缶の一番上には粉が入っていました。これが嘘偽りない事実だと仮定すると、黒部が珈琲豆を補充した後に、他の誰かが毒入り珈琲の粉を缶の中にいれたことになります」

「うんうん、そうだね。でも、だったら警察が調べた時も、粉の珈琲が一番上に来ていないとおかしいよね」

「はい。よって犯人が珈琲缶の中の粉と豆の順番を入れ替えて、捜査を攪乱させたんです」


 >不思議な魔法で、粉と豆との順番を入れ替えたのだとすれば、その魔法を唱えた奴が犯人だ。(第6話 現実(2)より)


 そうだ。逆に言えば、捜査を攪乱させたのが犯人だということ。


「犯人が使った魔法の正体は、『ブラジルナッツ効果』です」

「え? なんだって? アーモンド効果?」

「いえ。それはグリコの飲み物です」

 店主のちゃちゃに『強欲』は一切動じなかった。

 余談だが、グリコの「アーモンド効果」には「アーモンド効果チョコレート」という派生商品がある。明治の「チョコレート効果」にアーモンド入りのものは、ない。

「ブラジルナッツ効果とは、異なる大きさからなる粉と粒の集合体を振ると、最も大きな粒子が表面に浮き上がってくる現象のことです。ミックスナッツでは最も大きな粒はブラジルナッツであることが多いことからこのように呼ばれるそうです」

「最も大きい粒……、あぁ、あの大きいやつか」

 どれだよ。と心の中でツッコミを入れる。

 相変わらず『強欲』は淡々と続ける。

「はい。粒の大きいものが、どんどんと上に上がってきて、逆に粒の小さいものがどんどん下に下がっていきます。一番大きくて重い粒がどうして上に浮き上がってしまうのか、は正確には分かっていないそうですが、現象としては、簡単に再現されます。つまり、だということです」

「珈琲缶を振っていた人? そんな人いたかな?」


 >九十九塚がキッチンカウンターに置いてあった珈琲豆の缶を持ち上げようとしたが、うまく持ち上げられず、落としてしまった。床に珈琲缶が転がっていく。

 >「あっ!」

 >「大丈夫? こぼれてない?」

 >「うん。カバーがしっかり留まってたから、ほら!」

 >青山が珈琲豆の缶をがしゃがしゃがっしゃと振って見せた。

(第5話 珈琲は月の下で④ より)


「青山だけが、珈琲缶をがしゃがしゃと振っています。ただ振っているだけに見えますが、これは振動を与えて、珈琲缶の中の豆と粉との順番を入れ替えていたんです。粉と豆の順番を入れ替えることによって、最重要容疑者を珈琲を淹れた大迫、珈琲豆を補充した黒部にしながらも、他の社員たちにも犯行が可能かもしれないという隙を与えることによって捜査を攪乱させたんです」

「犯人は、「青山茜」。「珈琲缶を振って、豆と粉の順番を入れ替えた」。で、ファイナルアンサー?」

「ファイナル、アンサー、です!」

 僕の推理と同じだった。『強欲』、ちゃんと推理できているじゃないか。

 店主は少しためた後、いつもの通り叫んだ。

「…………正解!!」

 ガンっ!

 「何の音だ?」

 なんか、変な音がしたな。上の方からだ。

 鉄扉がひしゃげたような、ぐわんぐわんという不快な音が鳴り、靴の音と、何かが螺旋階段に当たる音が交互に聞こえた。誰かが階段を下りてくる。

 数分待つと、上下、漆黒のスーツに身を包んだ、『The Justice』がやってきた。手には『正義』の愛刀、『セカンドインパクトシステム』を搭載した鉄竹刀『鉄華』。それをカララと音を立てて引きずっていた。パッと見、金属バットを引きずる不良のようだ。靴の音の後に合わせて鳴っていた音は、この鉄竹刀が階段に当たる音だったってわけだ。

「やぁ、『正義』。どうした暗い顔をして。あぁ、紹介するよ。『強欲』。こいつがさっき話した『正義』だ」

 普段からぶすっくれている『正義』も、こうも暗い顔をしていると、まるで喪服を着ているかのように見える。

「……ろ……、された」

「え? なんて言った?」

「『誰何』が……死んだ。俺の弟が、……殺された」

「……は?」

 『正義』が何かを投げてよこした。宙を舞い、受け取る。それは一冊の冊子だった。まるで、このゲームの問題のようだった。

 表紙が黒。白い字で『珈琲は月の下で』と印字されていた。

「これは……?」

「おめでとう、正解だよ。『強欲』」

 拍手で『強欲』をたたえる店主。

 そういえば。いつも正解と同時に鳴るクラッカー。まだ鳴らしていない……?

 どういう、ことだ?

 何が、起こっている?

「と、いうことで、だ。この冊子を読んでくれ」

『強欲』が手渡された冊子は、今『正義』が投げてよこしたそれと瓜二つだった。

 ビューワの背景を黒にしたような冊子。

 謎が解き明かされた後の空気としては異質なものが、店内に流れていた。



[解決したと思った?]

[まだ物足りないよね?]


[??? につづく]

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