大問題編

第10話 月蝕

 尾藤 萌果 -2-



 警察に通報した。

 人がいなくなって、探している旨を相談したが、あまり動き回らずに全員でじっとしているようにと言われた。

 確かに。動かずに固まっている方がいい。言うとおりにするように皆にも伝えた。

 オフィスの休憩室に4人、チェアに座る。

 張りつめた緊張を少しは和らげられるかと思ったが、身体は強張ったままだった。疲れからめまいがしたが、目は冴えていた。後は警察が来るまで、何も起こらなければいい。

 しかし、そんな私の願いを裏切るかのような奇怪な音が部屋を貫いた。

 金属が何か固いものに打ち付けられたような音。その後、金属がひしゃげたような、ぐわんぐわんとした音がどこかで響く。

 どこだろう。わからない。

「こんどは何?」

「ねぇ。あれ、なんだろ?」

 桐文字が天井を指さす。全員が導かれるように空を仰ぐ。

 天窓からくっきりと見えていた月がほんのりと赤く染まり、月蝕のように、月が欠けていた。いや、一部分が何かに邪魔され、見えなくなっているようだ。

 よく目をこらしてみると、それは誰かの腕のようにも見えた。

「あれ、誰だろ? あんなところに寝っ転がってさ。風邪ひくよ」

「黒部のやつじゃない? ったく、こんな時に。ただじゃおかないんだから」

 桐文字と青山がオフィスを飛び出した。止める間もない。あれだけじっとしていろと言ったのに。いや、こういう時こそ、あの二人は留まろうとはしない。

「尾藤さん、私たちも行きましょう?」

「え、えぇ」

 なんだろう。なんだか嫌な胸騒ぎがする。

 私はテラスに行くのが怖くなった。

 それは、あの腕のせいだった。

 あの腕の位置と向きからすると、本来身体があるはずの空間に何も無い。夜空に輝く星々が見えたからだ。

 私は最悪の想像をしてしまった。

 怖い。まさか。そんな。

 テラスに行かずに一人でいることよりも、テラスへ行くことの方が恐怖を感じる。

 夢なら覚めてほしかった。悪夢なら、なおさら。

 その恐ろしい予感が的中したことを知ったのは、それからすぐ。女性二人の悲鳴が聞こえてきたからだった。




 ◆



 大迫小夏  -4-


 何か固い床に寝ていた。起きあがると同時に何かが身体のすぐそばを通り過ぎたような残像が見えた。その数瞬後、金属のひしゃげたような音がどこか遠くで聞こえた。

 ここは、どこだろう。

 起き上がるとすぐそばに、見知った顔が見えた。

 顔と、両腕と、身体と両足がばらばらになった状態で。

 テラスのあちこちにばらまかれていた。

 テラスの床には血溜まりが出来ていて、私の服の裾に染み込んでいた。

「え……、なにこれ……」

 思わず後ずさる。指が生ぬるい何かに触れる。

 声が、出ない。どういうこと?

 息が、うまく吸えない。

 社長に言われてテラスに来たら、誰かに後ろから襲われて……、あれはスタンガンだったのだろうか。気がついたら、これだ。

 何が起こったかは分からないけれど、私が起きた時にすごい音がした。きっとすぐにここに誰かがやってくるだろう。この状況を見たら、誰だって私がやったって思うはずだ。

 どうしよう! 私は何もやってない。何も知らない!

 でも、何も身を守る術が無かった。いつの間にか、私の髪留めがなくなっていた。頼みの綱の盗聴器もあてにならない。

 テラスに置いてあったリュックサックを持ち上げてみる。ここにみんなで運んだ時、既にこの中にバラバラの死体が入っていて、私たちが知らない間にここに運んでいたとすれば、テラスに死体を用意するのは簡単じゃないだろうか。

 しかし、床に置いてあるリュックサックを持ち上げると、しっかりに重かった。

 むしろ、倉庫で持ち上げた時よりも重く感じる。

 信じられない。現実感がない。

 さっき一度、私たちがテラスに来た時は、こんなものはなかった。

 社長室から月を見上げたときも、こんな血だまりは見えなかった。一体いつ、誰がこんな有様に仕立て上げたのだろうか。私ではない。

 血の匂いが鼻を刺激する。目がくらむ。

 夢じゃない。認めたくなかったが、現実だった。

 ならばここでバラバラにしたってこと? どうやって? 台車は尾藤さんが持って行ってしまっていた。運ぶのは女性一人じゃ難しいはずなのに。

 誰がどうやって。こんなことを考えている場合じゃない。

 今すぐにでも、誰かがここにやってくる。逃げ道は一つしかない。それももう、遅いだろう。血に触れた指紋が、私の痕跡がここに残っている。

 どうしよう。

 私は言葉を失った。

「……どうして?  私が何かした?」

 夜闇が窓ガラスを鏡にした。私の顔が映る。時間がない。

 死体を見やった。

 顔の崩れた彼と目があった。何か強い力で粉々にされたように、身体の端がぐちゃぐちゃだった。

「どうしよう。私、何にも分からない。こんなの聞いてないよ!!」

 叫んだって仕方がない。何も考えられない。誰か。誰か助けて!!

 私は目を瞑った。誰かが階段を上ってくる音がした。

 一人の顔が浮かんだ。もう二度と会えないかもしれない。








「助けて……!  Sさま……!!」







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