最終話 デザイア
これは、僕一人ではできないことだった。
『最強』の手と、僕の手で、彼の両方の乳首をつついた。
頭を撃ち抜かれた『強欲』の目から光線が出てきた。
「やっぱり、こいつはキルドールじゃないか!」
「さっすが『怠惰』! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!」
トマトの匂いがすりゃあそりゃあ気づくだろうよ!!
『強欲』の死の前、逡巡の目。罪悪感に苛まれた人間の目。あれを見てなお、遺体からトマトの香りがするのだから、悪夢としか言いようが無かった。不気味の谷でバンジージャンプをした気分だ。
「第三者がいないと『キルドールだった』という証明にならないと思って、最低でも自分以外の二人で乳首をつつくという設定にしてあるんだよ」
ミステリ的に大事な機能だけども!
「目から光線が出る意図は……、いいや。何聞いても納得できないからな。それよりも。いるはずだろう? ここに、キルドール『強欲』の元ネタが」
キルドールはあくまで「誰かの複製」。元となる人間がいる。
「店内にいるから、探してみなよ。在席カウンターは『3』のままだからな」
と言っても、店内に人が隠れられそうなものなど、限られている。
カウンターの中か。もしくは、店頭に並んでいる、古びたロッカーの中。
真実の愛アンメイデンの中くらい、だ。
古びたロッカーの前に立つ。
「中に隠れているんだろ。出てこいよ」
「好きな方を開ければいいよ。って言ってる。彼とローカルでこのノートPCと繋がっているんだ」
店主が、彼の言葉を代弁する。
開ければいい? この僕が?
このロッカーは、入っている人を処刑するロッカーだ。
間違った方を開ければ、人が死ぬ。
僕は。
僕は、死のロッカーを開けた。
過去に人を殺した鉄扉は、思ったよりも軽く開いた。
中には、さっき見た『強欲』と同じ顔がいて、眠そうにあくびをしていた。
「ふわぁ~。ここって真っ暗だから、はぁ。寝ちゃいそうだったよ」
彼はロッカーから飛び出ると、屈伸をして体を動かした。
「オマエ、わかっているのか。そのロッカーに入ったら」
「そうだね。君が間違った方を開けていたら、オレは死んでいただろうね。目の前に刃があってさぁ。どっきどきしたぁ!」
死のロッカーは防音材が仕掛けられている。もう一方のロッカーは穴が空いていて、音が筒抜けだ。その場で会話できるから、わざわざノートPCを介して話す必要が無い。よって、彼が隠れているのは音が遮られた死のロッカーだとアタリをつけたわけだが。
常人が、目の前に刃が仕掛けられていて、それがいつ自分に突き刺さるかもわからない処刑道具の中で、あくびをかましていられるわけがない。
彼は『強欲』ではない。目の前にいる彼は、人を殺した罪悪感で自殺するようなタマじゃない。
「自己紹介が遅れたね。オレの名前は『
こと切れた自分の分身を蹴飛ばした。トマトピューレが彼の靴につく。
二重人格者の、外付け
いや、HDDはあくまで記憶装置……、二重人格の位置づけがPCにおけるメモリなのかCPUなのかは判断が分かれるところだ。
二重人格を移植。拡張現実。これも一種のIoT? 設定がオーバーフローしている。厄介な新人が入ってきた。今後の出題傾向が予測できない。
「人を殺した罪悪感で死にたくなるとか馬鹿げてる。どうやったって人は死ぬんだぜ? どうせならば面白く殺してやらないと、可哀そうだろ?」
靴に付着した赤いそれを、本当に汚らしそうにティッシュで拭い、捨てた。
「あぁ、ここでは『
二重人格なだけあって、おどおどしていた『強欲』とは違って、『欲望』の方は陽キャラのようだ。ここまであか抜けた性格のプレイヤーは、まだここにはいないかもしれない。
『誰何』とは合わなそうだな、と思った。『正義』とも。
「登場人物は三人だったってわけか? 『最強』と『怠惰』と『狂鳴』の三人だ」
「それはまぁ、後付けだけどね。じゃ、後片付けしようか。サンキューグリード」
「はい!」
死んでいた『
「サンキュー『
「オッケーグーグルと一緒だよ」
一緒なわけあるか!
まったく、せっかく今日は『溺愛』の呪縛から離れた気持ちのいい日なのに。どうしてこんな悪夢を見せられているのだろうか。
「『溺愛』がいなくて良かったよ。いたらもっと散々な目にあっただろうから」
「あぁ、それなら心配いらないよ、『怠惰』」
「何がだよ?」
店主は、ことも無さげにこう言った。
「しばらくは『溺愛』に振り回されることも無く、落ち着いて過ごせると思うから」
『サヨナラ、小さな罪』 完
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