解答編

第7話 添削と感想

「待っていふよ」


「この一文は、先生が少女に送ったものだ。ただの誤字じゃないか」

 店主は手を広げて、オーバーに肩をすくめる。やれやれだぜ、と包帯に隠れていない顔下半分が物言わず語っている。

「じゃあこの誤字も先生が書いたものだと?」

 僕はノートPCを、『強欲』の了解を得てから店主に渡した。

「なら、これを使って、実際に書いてみればいい」

「先生だって書き間違いくらいするだろう?」

 たどたどしく人差し指で、ひとつずつキーを押す。

「えーと、キーボード入力なんて久しぶりだよ。『待っていふよ』、だろう? 『M・A・T・T・E・I・H』……ん?」


『待っているよ』『M・A・T・T・E・I・R・U・Y・O』


『待っていふよ』『M・A・T・T・E・I・H・U・Y・O』


 キーボード入力で両方入力してみると差は歴然だ。たった一文字違いだが、その一文字が離れている。『R』の打ち間違いで『H』を打つのは不可解だ。


「『待っているよ』を『待っていふよ』なんて、キーボード入力でこんな間違い方はしない。これは、スマホので書かれた間違いなんだ」

 スマホのフリック入力なら、「は行」と「ら行」はとても近い。入力し間違えてしまってもおかしくはない。

 あと、言うまでもないが、音声入力ならこんな間違いは起こらないだろう。

「ふーん。で、それがどうかしたの?」

 僕はノートPC上のファイルを操作して、店主に見せた。

 

 私はスマホを持たない。ほとんどのことはノートPCで済ませてしまう。

(第3話『小さな』より)


「教師、峯田はスマホを持たない。少女、白浜とのやりとりもノートPCをつかっていたはずだ。なら、この誤字を彼が入力したはずがない」

「なら、スマホを持っていたのは……、森崎だろう? あいつが先生の振りをして送ったんだ」

「いや、twitterのDMはお互いがフォローしあっていないと送れない。少女、白浜のアカウントはカギがかかっていた。なら、森崎がこの文を彼女に送れるはずがない」

「そうなると、誰もいなくなってしまうじゃないか! あ。第四の……」

「登場人物は三人。ならば、この文を書いたのは一人。少女、白浜だ。彼女が、先生から送られた文章だと森崎少年に嘘をつき、実際に呼ばれた時間よりも少しだけ遅い時間を森崎少年に教えたんだ。自分が殺された後に、少年と先生を鉢合わせさせるために」

 まず、教師、峯田と白浜は科学室で会う。峯田を準備室へ誘い出し、自分は自分の姿をしたキルドールと入れ替わる。背中と無防備な首を見せて、峯田を誘う。

 狙い通り峯田はキルドールの白浜を殺し、その部屋を後にする。その峯田と森崎が科学室で鉢合わせになったのが『罪』。科学準備室の床に、それとなくカッターナイフを落としたのも、キルドールと入れ替わった後、準備室に隠れていた彼女。

 倒れたキルドール、それを抱きしめ、茫然とした顔立ちで部屋を出る森崎。失血死した峯田をその場に置いて、白浜は彼を追いかけた。それが、『サヨナラ』の最後のシーン。

「えーと、これか。少年が少女に愛の告白をしていたところだろう?」

『最強』はノートPC上のファイルを読み上げた。


「あぁ、マリちゃん。君がいないと、僕は生きている意味が無いんだ」

 屋上の冷たい床に、モブ崎の告白が吸い込まれる。

 ロマンチックね。なーんて、嘘。

 私は、彼の一世一代の告白に、耳を澄ませた。

「どうすればいい? この気持ちを、どうすればいいんだ」

(第2話 『サヨナラ』より)


「屋上に少女を呼び出して、告白。だが、これは違う。少女が教師に殺されてしまった後、茫然と屋上で立ち尽くしていた少年の独り言。いうなれば、なんだ」


 少女を殺した教師。教師を殺した少年。少年を殺したのは死んだ振りをした少女。


「これが、この事件のカラクリさ」

「ファイナル、アンサ……」


「すごい」

 店主がいつもの決めゼリフを言う前に、『強欲』の感嘆が聞こえた。

「あぁ! 僕が大事なところで誤字をしなければ、おそらくこのことに気づかなかった。新人の僕が、やらかしたただの誤字だと目を瞑って、森崎が犯人だと、そのまま間違ってくれたのに! あぁ……、僕は。僕は、なんてことを……!」

 彼は、頭を掻きむしって、机を両の手で何度も叩いて、悲しみを、怒りを露わにしていた。

 僕には、その怒りや悲しみが分からなかった。

 問題は、解けるように作られている。それが、解かれただけのこと。

 その誤字がそもそもなければ、完全犯罪だ。

 誤字によって、発信者が特定されるという筋道こそが極上の謎。

 とても美味しい、魅惑の料理だった。この推理の応酬こそが、格別の勝負。

 勝ちがあれば負けがある。

 殺したり殺されたりするのが常なのだから。

 その悔しがりは、一般人のそれだった。その気持ちを持ち続けていると、いずれ、壊れる。いや、喰われる。

 自分の手で、人の生死をもてあそんでいるのだと勘違いして、その愚かさに自分を勘定に入れてしまって。そのつまらない枠組みの中で、くだらないルールに当てはめて、死を選んだりする。

 今、こうして目にしているように。

 彼は、自身のこめかみに模擬銃の銃口を当て、今にも自決しそうだった。

「お、おい『強欲』! なにを……!」

「つまらない物語を作った。そのために人を殺した。つまらない、人生だった。……だから、自分を、殺す」

「いいじゃないか、『最強』。ここに、そんな罪悪感で死にたがるような弱者はいらない。僕たちプレーヤーは、ここに存在しているだけで、人を殺しているようなものなんだから」

 彼と目が合う。『強欲』は今、何を考えているだろうか。

 何を憂いて、何を悔やんで、何を逡巡して、何を諦めているのだろうか。

「……!!」

 数秒のためらいの後、彼は見事、狙い通りに撃ち込んで、死を選んだ。

 彼の頭から赤い飛沫がほとばしり、店内に零れ落ちる。倒れた体が脈を打つ。

 模擬銃だって、頭に向けて撃てば、死ぬ。『最強』じゃああるまいし。

「サヨナラ、小さな罪。ってか?」

 さっきは焦っていたくせに、いざ死ぬと笑う店主。頭がおかしい。

「笑ってんじゃないよ。どうすんのこれ」

「掃除屋に任せるしかないなぁ。こういう時、ここに電波が欲しいって思うよね」

 地下にある遺体を地上に運ぶのだって、相当の労力が必要だ。絶対、間違っても、地下室で人は殺さないほうが身のためだ。

「仕方ないな。『最強』。手を貸せ」

「え? まさか、俺と二人で、いくつもの山を越えるって言うのか?」

 その言葉に込められた意味を、思い出すと吐き気がしてくる。

 だが、今から僕らが行う行為だって、とても褒められたものじゃない。

「毒を食らわば皿まで、だ。悪夢から覚めて、現実世界に戻ろうじゃないか」





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