第6話 罪と罰
キルドール『罪と蜜』。
この物語のジャンルがSFになってしまうではないか。
そのくらい強烈で凶悪な商品だ。死んだフリし放題だ。殺した振りにも応用可能。
現実的な話、ラブドールの数十倍、数百倍の値段ははりそうだが。
「ちゃんと中にはその人の血を培養したものを入れている。けど今こいつには、とりあえずトマトジュースを入れてある。健康第一だからな」
悪趣味な上にふざけている。
「はたから見ても本物と偽物の違いがないなら、僕たち解答者は判別がつかないだろう。そいつが人形かどうか、確認する方法があるはずだ」
僕の当然の疑問に、『最強A』はパチンと指を鳴らす。
「さすが『怠惰』。そうさ。ちゃあんと確認方法がある。最初は舌の裏側や耳のウラに『Ⓒ最強』って書いておこうかと思ったんだが、警察に調べられそうな場所にそんなものを書いちゃあ、捕まっちまうからなぁ。考えたよ。ちょっと人差し指だして」
「人差し指?」
「あぁ、『強欲』。君も人差し指を出してくれないか」
「は、はい」
僕と『強欲』が人差し指を出すと、その前で二人の『最強』が胸を張った。
「二人で左右一つずつ、乳首をつついてくれ。ニセモノの方が、目からビームが出る」
僕は模擬銃を取り出して、片方の『最強』の頭を撃ち抜いた。
ドガゴンッ。
『最強B』が後ろの壁へ吹っ飛んだが、ゆっくりと起き上がる。
「そ、その模擬銃をツッコミに使うのは、ルール違反にしようかな…」
「僕の本格ミステリを返せ」
「時代は令和だぜ? 実験的取組みを
おっさんの乳首をつつくことを実験的取組みとは言わねぇよ!
「ほら、物は試しだ。騙されたと思って、つついてみな?」
僕は今一体何をやらされているんだ? 罰ゲームか何かか?
『強欲』は既に、店主の胸の前で人差し指をスタンバイしている。素直な奴め。
僕は腹を決めて、店主の乳首をつついた。
「あふんっ」
「…………」
何も起こらない。
故障か?
「あ、すまん。俺は本物だ」
僕はノータイムの至近距離で、模擬銃をぶっ放した。乳首をつつかなかった方の脳天に銃弾をぶち込んだ。『最強A』はレジカウンターまで吹き飛んで、倒れる。頭から赤い液体が噴き出した。
「ひゅーっ。『怠惰』。ニセモノの俺を撃ち抜いたな。アイツには、『
トマトの芳醇な香りが店内に充満した。血の代わりにトマトジュースが入っているというのは冗談ではなかったようだ。悪夢は覚めてくれない。
「自分が死ぬ様を見るのは、なんだか変な気分だな」
「作中で、死体の両乳首をつつく描写を入れたらシリアスな世界観が崩壊するだろうが!!」
「そうだなぁ。つまり、誰がキルドールであったかを考えなくても、他の方法で犯人を導き出せる物語になっている、ということなんだろうなぁ」
他の、方法で?
書いていないことは立証不可能。つまり、この三人の中のどの遺体がキルドールかは分からない。違う点から犯人を導き出さなければならない。
そして、そのヒントが既にここに書かれているってことか?
僕は再び三篇を読み返す。
「殺害方法は三者三様。凶器に特別な描写はない」
少し気になるのは、傍点が振ってあるカッターナイフだ。現場にカッターナイフが落ちていたという描写が無いままに、突然現れた印象だ。
そう。どの殺人が最初であるか、どの殺人が最後であるかの順序を考えれば、最後の殺人を行った人が犯人であることは明白だ。最後に生きているのが犯人だからだ。
「関係者を呼び出したことを考えると、怪しいのは教師……か」
まず最初に科学室に少女を誘ったのは教師。彼が少女を誘ったから、科学室での殺人の機会が生まれたことを考えると、教師が怪しい。その後そのDMを少年に見せたことで少年が教師を殺す機会を得たことから、少女も怪しい。しかしそのきっかけすらも結局、教師主導だ。教師が科学室に呼び出さなければ意味がない。容疑者筆頭は教師か?
次は、三篇の順序を考えてみよう。
『サヨナラ』が一番最初なら、少年が殺された振りをしていて、次は『小さな』で教師が少女を殺し、死んだふりをしていた少年が『罪』で教師を殺す。
これで一応スムーズ。矛盾も無い。
『小さな』が一番最初なら、少女が殺された振りをしていて、次は『罪』で少年が教師を殺し、死んだふりをしていた少女が『サヨナラ』で少年を殺す。
これも、一応スムーズ。矛盾も無い。
『罪』が一番最初なら、教師が殺された振りをしていて、次は『サヨナラ』で少女が少年を殺し、死んだふりをしていた教師が『小さな』で少女を殺す。
これは、矛盾があるな。『罪』で教師が死んだふりをしている時点で少女は殺されている。『罪』の後に『サヨナラ』はありえない。
そうすると怪しいのは少年か少女。教師は容疑者から外れることになる。
少年は、『罪』で教師と少女の密会からすこしだけ早い時間に向かったという描写があった。しかし、実際は教師が少女を殺した後だった。少女が殺された後に向かうように、時間を調節していた? たまたま現場にカッターナイフがあったことも怪しい。
三人が三人とも、とても奇妙なバランスで、お互いの欠点を補い合っている。
少年が死んだふりをして、殺したつもりの少女を殺していれば。
少女が死んだふりをして、殺したつもりの教師を殺していれば。
教師が死んだふりをして、殺したつもりの少年を殺していれば。
被害者二人と殺人犯一人となり、事件はとてもシンプルになる。
しかし実際は、被害者と殺人犯との関係は逆転しないからタチが悪い。
正しい循環は一つなのだ。
と、何度も読んでいて、初めて気づいた。
最後の方だから飛ばし読みをしていたようだ。
「あ、ここ間違えてるよ。問題編『小さな』の最後の峯田先生のセリフ」
>「サヨナラ、小さ罰み」
「これ、三篇の最後のセリフ『サヨナラ、小さな罪』って書こうとしているんだよね? なら、誤字だ」
「ほんとだ。すみません。直しますね」
『強欲』はノートPCをカタカタと打ち込んで、さっさと直した。
問題の作成にノートPCを使っているのだろうか。ならば、原本を修正すればあっという間だろう。
「『ちいさなつみ』が『ちいさばつみ』、ってなっているね。キーボードだと、「N」と「B」のキーが近いから押し間違えても仕方ない。でも、読み直せば見つかる誤字だ。ほら、作中で言っていたでしょう? 書いた文章は見直さ、ない……と」
僕は黙ってしまった。
「あ、ここにも誤字があったぞ。ほら、問題編『罪』の先生の……」
「あ、いや、それは……」
店主の指摘を『強欲』は濁した。その回答を、代わりに僕が請け負う。
「『最強』。それは、『強欲』の誤字じゃないんだ。それは言うなれば、『正しい誤字』ってやつだ」
「は? 正しい誤字??」
「と、いうことは。『怠惰』さん。わかったんですね」
巡り巡った三人の殺人ループ。それがこの誤字で断ち切ることができるなんて。
「あぁ。ちゃんと間違いは正さないとね。この三篇を、正しい順序で並び変えよう」
犯人が残した「小さな罪」を、見逃さない。
それが、「TRICK ROOM」の探偵たちなのだから。
[推理編 完]
[解答編 につづく]
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