推理編

第5話 憤怒、傲慢、そして、怠惰。

 三篇を読み終わり、物語に没入していた僕の意識は現実世界に戻って来た。

「ど、どうですか?」

「いや、面白いよ!!」

 一読では解けない。というか、もう納品しちゃいなよ、これ。

 一筋縄ではいかない、作品だ。

 だからこそ正式に納品してほしい。

 立派にちゃんと問題じゃないか!!

「本当ですか! 良かったぁ!」

 青年の顔が綻ぶ。胸の奥から出てきたため息で、彼の肩の荷が下りたように見えた。

「一つ目の話では、少女がモブ崎という少年を殺している。二つ目の話では、担任の教師が不倫相手の女子生徒を殺している。ここで終われば、推理することなんて何もない。それぞれの事件で犯人と被害者が確定している、ということでいいだろう」

 一つ目の話の「語り部」と二つ目の話の「女子生徒」が同一であるか、という点は定かではないが、それは三つ目の話を聞くと大した問題ではないことに気づく。

「それなのに、三つ目の話では、担任の教師を「森崎」という男子生徒が殺している。この三篇の物語は、少女が少年を殺し、少年が担任を殺し、担任が少女を殺している。殺人事件がループしているんだ。これは、不可能犯罪だ」

 ということは、三人の登場人物のうち、誰かが死んだフリをしている。もしくは、三人以外の第四の人物が犯人でないと成り立たないことになる。

「登場人物は全部で三人です。女子生徒、白波マリ。男子生徒、森崎。彼らの担任の教師、峯田。誰が犯人かを当ててください」

「おい、『最強』。お前もこれを読んだのなら、充分「極上の謎」として成り立っていることが分かったはずだろ。どうして引き取ってやらないんだ?」

「それはなぁ、事情があるのさ」

 店主は『強欲』を見やる。

 改めて、僕は問う。

「どうして納品を躊躇していたのさ」

「いや、難しすぎて、解けないかなって……」

 かっちーん。

 なんだ。この新人は。

 自信が無いのではない。自信は充分にあったということか。ただ、気弱なだけで、語気が弱いだけで、この僕を煽る胆力はあるようだ。

「『難しすぎて解けないでしょう。申し訳ありません』って文言を入れるって言うから、俺が止めたんだよ。そんな文言を入れてみろ。プライドの高い『最高』や『幻密』あたりが怒り狂うことは目に見えてるだろ?」

『TRICK ROOM』の新人が、解答者上位の『最高』、レビュー常連の『幻密』に喧嘩を売って、炎上する様が見て取れた。『怠惰』な僕ですら少しカチンときたくらいだ。あの二人はそれこそ、”傲慢”と”憤怒”の炎を上げるだろう。

『最強』は僕を指さして言う。

「だからこそ君なんだよ、『怠惰』。君がこのままの作品をバッチリ謎解き出来れば、ノーヒントノー煽りで、きちんと面白い作品だと証明出来れば、商品棚に並べることができる。丸く収まるって訳だ」

 金の亡者である『最強』が、僕に無償で謎を解かせる本意はこういうことか。合点がいった。

 じゃあ、本題だ。僕は今からこの不可能犯罪を解かなければならないのだ。

「登場人物が三人しかいないということは、この中の誰かが死んだフリをしているという事だろう。少女は首を絞められ、教師は首を切られ、少年は屋上から突き落とされている。殺人の状況からして、三人は三人とも、殺されるまでの間ある種「生きていたかのような描写」「殺され、絶命した描写」がある。どれが死んだフリだったのかを特定するのは難しいな」

 少年が屋上から突き落とされた時、少年は言葉を話している。屋上から突き落とされ、直後「ぐしゃ」という音が鳴ってはいるが、遺体の描写はなく、死体の状況は一番不明瞭だ。落下地点に人形を用意しておいて、自分だけどうにか他の階へ逃げれば、何とかなるかもしれない。

 少女が殺された時、少女は言葉を発さなかった。背を向けて座り、じっとしていた。これが少女の形をした人形なら、死んだフリが可能かもしれない。だが、殺された後の少女の顔、ヨダレ、苦しむ表情から察するに、人形説は難しいかもしれない。

 教師が殺された時、教師は動き回っている。言葉を発し、血が吹き出て、走り回っている。教師が死んだフリをするのは難しいかもしれない。首に血糊を巻いた状態で死ぬ瞬間を演出した? いや、森崎少年が首を切り裂く事があらかじめ分かっていないと、それは難しいか。

「少し前に、ラブドールってのが話題になっただろ? あれから着想を得たんだ」

 僕が真面目に謎を考えている時に、店主の不真面目な会話が耳に入ってきた。身振り手振りで、何かをグリードに伝えている。

「事件に関係ない話は、ちょっと黙っていてもらえないかな」

「事件に関係ない話を俺がするわけないだろ?」

 先月、「烏龍」と「鳥籠」が似てるとか言ってただろ。

「まぁ、ちょっと聞けよ。ラブドールってのは、愛する人の代わりに愛を受け止めてくれる人形の事だろう? なら、俺たちは違う方向性の代替物を提供しようと思いついた訳だ」

 その声は、『最強』の後ろの方から聞こえた。声のする方から、が現れた。

 二人の『最強』はニッコリと笑いながら、二人でさながらチューチュートレインのようにグルグルと踊った。

 双子でもないのに、二人の『最強』がいる!?

「は??」

「ようこそ、『TRICK ROOM』へ」

「ようこそ、『TRICK ROOM』へ」

 二人の『最強』がハモった。嫌すぎる。

 どちらかが偽物? 『溺愛』が僕を騙った時のように?

 いや、どこからどう見ても、どちらも生きた人間だった。

 それに、店内の在席カウンターが『3』のままな以上、誰かが変装しているのではなく、この二人のどちらかは人間ではないということだ。悪夢でも見ているのだろうか?

「キルドール。殺したい人の代わりに、殺意を受け止めてくれる人形を作ったんだ。どうだ? 精巧な作りだろう? これなら、簡単な動作や言葉なら、その人の代わりにやってくれるんだ。肌を切り割けば血が出るし、首を絞めれば嗚咽も出るようになっている。殺したあとは、メンテナンスをすれば元通りさ。また殺せるから安心してくれ」

「人間は殺したら犯罪だけど、キルドールは人形だから、殺しても犯罪にはならない。素晴らしい発明だと思うぜ? まぁ、作る際は独自の健康診断を受けてもらって、身体のありとあらゆるデータをもらわないと、ここまで瓜二つには作れないけどな」

 キルドールだって??

 こんなものがあるのなら、殺されたあの三人、どの状況でも再現出来るじゃないか。

 屋上から突き落とされた少年も、

 首を絞められた少女も、

 首を切られた教師も、

 キルドールを使用した可能性がある。推理が根底から覆ってしまうじゃないか!!

「あぁ、この事件で使用したキルドールは一体だぜ」

「実は三人ともキルドールで、みんな死んでいないってのは無しだ。三人中二人は殺されている」

 相変わらず二人の『最強』は交互に解説を続けていた。

「ちなみに、正式名称はキルドール『罪と蜜』って言うんだ」

 店主にしては、良いネーミングセンス、か?

 いや、何にしても。

 キルドール『罪と蜜』が一体、命無き小さな罪が物語に登場していることを念頭に入れて、推理を再構築しなければならない。





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