第2話 『サヨナラ』

 

 急に雲行きが怪しくなってきた。どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの?

 あー。しくじった。

 まずは先週のことだ。

 イライラしてたから、学校帰りにドラッグストアでコスメをパクったら、モブ崎のやつ、私が万引きした瞬間を盗撮しやがっていたらしい。

 面倒なやつに弱みを握られた。

 私とモブ崎が話をしているってだけで、何を言われるか分からない。それくらいアイツと私はクラスのステージが違うの。違う生き物なの。

 私は咄嗟にノートを破って、それをアイツにぶつけた。

 かわいそうな奴。私からもらったその紙クズを大事そうに抱えて離れて行ったわ。そう。私が触ったもの、ゴミでも欲しいのがモブ崎の卑しいところなの。そのまま自分のステージを弁えて、ひっそりと過ごしていればいいものを。

 万引きのことが親にバレたら、今まで優等生で過ごしてきたすべての歯車が狂ってしまう。

 峯田先生にも話が伝わってしまうだろう。そうしたら別れを切り出されるに決まっていた。先生は私と別れるきっかけを探していた。私のこの身体、先生にも見てほしいのに。まだ先生の大人なトコロ、感じていないのに。

 ここで先生の心を手放したくない。奥様と別れるつもりが無いのは分かっていた。けれど、今にわかる。私の方がきっと気持ちいいってことが。

 優等生を演じていた方がうまくいった。何もかも。誰もバカな女を愛してはくれない。清楚な乙女を汚したいものなの。それが分かっていたから。そして、そのとっかかりとして「隙」も必要。完璧では愛されない。追う恋ではだめ。追われないと。でも、モブ崎は違う。お前じゃない。

 その後案の定、モブ崎は私に「付き合ってほしい」だなんて言ってきた。「秘密は守るから。絶対に君を幸せにする」だなんて。「絶対」とか「幸せにする」とか。いつの時代の人間だよ。今の私にそんなありふれた、普通の言葉はいらない。

 もっと私をワクワクさせる、スリル満点のゲームに誘ってくれないかしら。ま、無理だろうけど。ネックレスのチェーンを指でなぞった。このネックレスが意味する秘密に気付く人はいないだろうけれど、これも私にとって、一つのゲームだった。

 モブ崎の告白をいつ断ってやってもいいけれど、簡単に手は切れない。こいつは私の弱みを握っている。いつか排除する、その機会まではあくまでいい関係、どうでもいい関係、ちょうどいい関係でいないといけない。付き合うなんて嫌。でも、ごねられても困る。

 どうしたものか。頭のいい私は、先生を利用することにした。

 どうせ排除するんだから、秘密を一つ知っても二つ知っても同じこと。

「付き合ってあげたいけど……、実は峯田先生にも弱みを握られているの。ほら、見て。今日もこの後呼ばれているの。先生だから、逆らえなくて……」

 twitterのDMの画面、スクショして見せた。私の大事な裏垢。鍵もかけているから、モブ崎が検索なんてできないようになっている。

 先生と会うのは本当。先生の方から誘ってくれた。珍しい。何か用事でもあるのかしら。なーんて。

 嫌な予感がしちゃう。心の準備が間に合うかな。

「じゃあね。サヨナラ」

 私はその場を後にした。

 彼は必ず私を追いかける。追いかけているうちは、大切なことに気づかない。

 叶わぬ恋に溺れて、そのまま死んでしまえばいいのに。




 ◇



「なんだ。ここにいたのね」

 私は彼の背中を見つめた。

 がら空きの背中。ちょっと押したら、落ちてしまいそう。

「あぁ、マリちゃん。君がいないと、僕は生きている意味が無いんだ」

 屋上の冷たい床に、モブ崎の告白が吸い込まれる。

 ロマンチックね。なーんて、嘘。

 私は、彼の一世一代の告白に、耳を澄ませた。

「どうすればいい? この気持ちを、どうすればいいんだ」

 だから、言ったでしょう?

 叶わぬ恋に溺れて、そのまま死んでしまえばいいの。

 私は、彼の背中を押した。

 

 数秒後、下の方で「ぐしゃ」って音がした。

 大丈夫。箒の柄の部分で押したから、触っていないから。

 指紋なんてついてないわ。

 生きている意味がないんだったら、仕方ないよね。

 人の弱みを使って、自分の思い通りに事を運ぼうとするなんて、悪い奴。

 そんな悪い奴を、ちゃんと排除できた。私の小さな小さな罪と一緒に。


「サヨナラ、小さな罪」


 これから始まる楽しいゲーム。追いかけられるのが、楽しみだわ。

 オトナな駆け引きをしましょう?




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