後日談
最終話 正義の敗北 愛の勝利
僕は解答編の冊子を読み終えた。
「すごいな。『正義』と『怠惰』との推理合戦も、だいたいここで起こった通りだったな」
『誰何』のトレースはすごかった。『正義』がどんな推理を繰り広げるか、僕がきちんと真犯人を当てるところまで完コピされていた。
「唯一『誰何』がトレースできなかったのは、店内に紛れた鳥がいるって話題の時に『正義』が言った、『登場人物表の鳥の名前を縦読みしたら、『ウミトリ』って読めるから、犯人は海鳥だ!!』ってキメ顔で言ったところだったな」
『最強』は笑いを堪えられなくて一人で腹を抱えて笑い転げていた。
「あれは反則だよ」店主は思い出して肩を震わせた。
「ホンモノの直線推理は、斜め上だったな」
「私は私で、笑ったらバレちゃうかと思って我慢するの大変だったんだからね!」
登場人物表の並びのことはさすがに『正義』から聞いた話に含まれないから、知らない人を演じる際は「きょとん」としていなければならない。が、『正義』がそんなことに気づくことはなかっただろう。
僕が言うのもなんだが、僕が物語の中に登場しているとすれば、『溺愛』は必ずノータイムでこの謎を購入するだろう。だが、しなかった。犯人が謎に挑戦することは禁止されているからだ。
ま、こんなことを言えば、『溺愛』は「Sさまは私のことを、そんなふうに思ってくれていたんだ(はあと)」とどさくさに紛れて抱きついて来ようとするだろうから、言わないけれど。
出題者の出題傾向や思考をトレースすることは、こういう点で有効だ。メタ推理に含まれるかもしれないが。
僕らも人間だ。先入観や、こだわりに縛られてしまう。今回の謎ではそれが顕著に表れていたように思える。
『誰何』は三人称の謎を書く。僕ら参加者を物語に入れることもたまにあるからだ。僕らのこだわりや思考をトレースして、それを謎に組み込んでくる。僕ら解答者はそのトレースのウラを読む必要がある。
「『正義』は?」
「帰ったよ。完敗だってさ」
「凹んでくれてよかった。こんなの悪問だ! ってクレーマーモードになったら目も当てられない」
「言い訳のしようがないくらい、今回の謎は理論詰めが行き届いていたからな」
「ネクタイ」は分かりやすい凶器としての誘導。スーツを着てネクタイをつけていれば『女性』だとは気づかれにくい。その叙述トリックに使われていた。しかし、ネイルの件といい、犯人は女性である示唆がいくつもあった。
「楽しんでもらえたかしら? Sさま」
人を殺しておいて、よく言うよ。と軽口を挟もうと思ったが、『溺愛』の愛くるしい笑みに一瞬僕は口をつぐむ。
「あぁ、『正義』がいなければもう少し、のんびりと推理できたんだけどな」
「『誰何』の要望で、『正義』をぼこぼこに凹ませるってのがあったから。私の要望で、『怠惰』を参加させてくれたってわけ」
「その裏取引はどうでもいいよ」
僕は、視界にちらちらと映る、買い物袋に目をやる。
「で、それ、どうしたんだよ」
僕が『溺愛』からのプレゼントなんて、もらうわけがない。
普通に考えればそうだろう。
だからこそ、『溺愛』は僕のこの感情をトレースしているのだろう。
厄介なことに。
「うん。今回、『怠惰』を物語に勝手に出演させた、お詫びにこれ、もらってくれないかなって」
プレゼントではない。お詫びの品ってわけだ。
少なくとも僕は迷惑をこうむったわけだから、謝罪と礼をもらう流れになってもおかしくはない。
僕がその流れを逆らわないことを、彼女はきっとわかっているのだろう。
なぜならば僕は『
「しょうがないな。もらってやるよ」
「うん! ありがとね! Sさま! きっとお似合いよ!」
「もう付き合っちゃえよ」
「ほんとにね」
「僕の好感度はそう簡単に上がると思わないほうがいい」
「いや、確実に、着実に少しずつ上がっているよ」
「ツンデレなのも萌え、いいえ。燃えるわぁ」
「萌えってもう死語じゃね?」
などと、言って。
8月の蒸し暑い夏が、冷房完備の地下室にて、過ぎ去っていく。
さて、解くものは解いた。帰り支度をしようと思った矢先だった。店主はポンと膝を叩いて立ち上がり言った。
「よし、今日は『怠惰』の奢りでガールズバーに行こう!」
「いえーい!」
「おい」
と、抵抗しても無意味だった。僕が貰うはずの今回の賞金は、まだ『最強』の持つ
ブラックカードをパタパタとうちわのように扇ぎつつ、店主は驚くようなホラ話を実に簡単に口にする。
「いやー、実は『TRICK ROOM』のガールズバー形態の2号店、『TRICK GIRLS』ってやつを考えていてな。ちょうど実地調査をしたかったんだよ」
「なにそれ! 面白そう!」
「おーい」
僕の抗議など聞く耳も持たない。
どうやら『
この流れに逆らうことが出来るのならば、『怠惰』と名乗っているはずもない。
いいさ。もう。どうにでもなれ。
僕は、久しぶりに笑った。腹から声を出した。
「あーあ、あー、あー。あーはっはっはっはっは!!」
「え、……Sさま、大丈夫?」
腹をくくった。いいだろう。行くとこまで、流されてやろうじゃないか。『怠惰』の名の元に。
僕はぎこちない、それでいてどこか晴れやかな顔で言う。
「行こうか。お金は『正義』に付けといて」
『願いをさえずる鳥のうた』 完
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