第7話 本当の殺人鬼(スパロウ)

「真犯人? まだ他に誰かがいるっていうのか?」

『正義』はうんざりした顔をした。

「気づかないのか『正義』。君の目の前で不自然な会話をした奴がいただろう?」

「目の前……?」

「あぁ、僕が『願いをさえずる鳥のうた』の問題編を読み終わった時の会話だ」


>「歌ではスパロウは殺人者だ。でも今回は被害者になっている。これが違う点だな」

 『正義』の直線的な推理に『溺愛』が口をはさむ。

「それも違うけど、歌にはカワセミなんて出てきていないじゃない。そうよね? Sさま」


「たしか、そんなような話、した気がするけれど。それがどうかしたのか?」

「おかしいだろう。この時点で『溺愛』はこの謎に挑戦していなかったじゃないか」

「挑戦はしていなかったが、俺が事件の内容をかいつまんで説明したんだから、知っていてもおかしくはないだろ?」

「いいや、君が事件の内容を、脚色込みで説明したのはこの後だった。だからこの時点で『溺愛』がカワセミのことを知っているのはおかしい。店主はこの時、『溺愛』にこの問題を売りつけようとしていることから、既に挑戦している、ということも無い。『溺愛』は挑戦してすらいない、読んでいない事件の内容を知っていたんだ」

 スパロウが出てきて、コマドリが出てきた。ならばカラスも出てきてもおかしくはない。というような拡大解釈の範疇ならばたまたま予想が当たったこともあるかもしれないが、マザーグースの歌詞に登場していない、カワセミの登場を予見などできるはずがない。

「『溺愛』がこの事件の内容を知っていたからって何だっていうんだよ」

「『正義』。君も先入観無しで考えてみたらどうだ? 事件の関係者しか知らないはずの、『事件の内容』を知っているのは、一体誰か?」

 まず、事件の関係者。登場人物表に名を連ねた数人。

 そして、謎解きゲームの参加者。お金を払った『怠惰』と『正義』。

「あとはもう、真犯人しかいないだろう?」

「『怠惰』の振りをして『バードケイジ』に潜入し、スパロウを殺した犯人が、この事件の実行犯が『溺愛』だっていうのかよ!?」

 真犯人の特徴。まず、女性であること。そして、『怠惰』を知っていること。この時点でかなり絞られる。

「その買い物袋の中の黄緑色のネクタイだって、本当に誰にも言ってないのだとしたら、それは犯人しか知りえない情報だ。この物語の中の『怠惰』がつけているとしたら、それはもう、そのネクタイを持っている人が犯人ってことなんだから」

 参加料を払っていない『溺愛』に、『正義』が物語を教えること。以前のように金の亡者である店主なら止めただろう。だけれど、あの時店主は止めていなかった。それはなぜか?

 それはゲームマスターである店主が、『溺愛』が今回の犯人で、物語の情報は当然知っている、ということを知っていたからだ。無関係者でなければ、情報の開示を止める必要はない。

「よって、犯人は『怠惰』に変装した『溺愛』、凶器は『栗色の髪のかつら』だ」

 ファイナルアンサー? という疑問の余地すらない。完璧な解答。

『正義』は苦虫をかみつぶしたような顔をしている。一方、『溺愛』は椅子を逆向きに座り、背もたれにうなだれ、髪で顔を隠してしまっている。

 店主はきょろきょろと参加者たちの顔色を見て、ごそごそと何かを取り出し、一気に引っ張った。

「正解!!!」

 パァンッと景気のいい音が店内に鳴り響いた。」



 という文章を読んで、僕は冊子を閉じた。


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