解答編

第5話 直線推理

「また『正義』が妙な推理を披露することになった。

『怠惰』は頭を抱えた。

 え? どういうこと? と『溺愛』は口では不安そうな声を出すが、顔はニヤニヤとしている。今この状況を楽しんでいるとしか思えない。

『正義』はまるでミステリーの解決編で、関係者を集めた探偵が、これから推理を披露するかのように店内をぐるぐるとゆっくり歩き出した。

「じゃあ、ひとつずつ確認していこう。まず、被害者がいつ殺されたのか。それは単純明快、もちろんステージが終わった後、暗闇の中でだよ。その証拠がこの文だ」


 >帽子とスカート、を身にまとったスパロウがステージの隅で倒れていた。首には紐のような跡がついていて、息をしていない。(第2話「願いをさえずる鳥のうた」より)


「殺されたスパロウの衣装は、帽子もスカートものを着ていた。ピンク色の衣装を揃えるためには、ステージのクライマックスで皆がバラバラに着ていた衣装をしかない。それは暗転した暗闇の中だけだ。それは間違いないだろう」

「じゃあ、一体誰が殺したって言うんだよ? ステージ上にいた店員の中の、カワセミ、ホワイト、コマドリのうち、誰が殺したんだ?」

「それはもちろん、お前だよ、『怠惰』!」

「店員の中って聞いたのにな」『怠惰』はやれやれと首を振る。『正義』は自分の推理を聞かせるまで止まらないだろうと判断し、最後まで「名推理」に付き合うことにした。

「『怠惰お前』は来店中、不自然な変装をしていた。これも全て、暗闇で犯行を行うための準備だったんだ!」


 >帽子を目深に被り、とマスクをしているが、特徴的な栗色の長い髪から推測できる。(第2話「願いをさえずる鳥のうた」より)


「このサングラスで目を暗闇で慣れさせていたんだ。店内の煌びやかな照明で目をチカチカさせていなければ、暗闇に咄嗟の行動ができる。逆に、店内の誰もが照明の眩しさに目をやられて、犯人であるお前の姿を視認出来なかったんだ!」

「百歩譲って、その通りだとしよう。なら僕は被害者のとこまでたどり着いて、何を使って首を絞めたんだ?」

『正義』はふふふ、と笑う。「凶器? それはもちろん、これだよ」『溺愛』の持つ買い物袋を指さした。「黄緑色のネクタイさ! これは俺も店内で見たことあるぜ。マーダーメイト殺人鬼御用達のネクタイ。。眠らせた被害者の首に締め付けて、ステージの隅に置いておく。そして照明が点くまでにお前は店内を後にした。その証拠がこの文章だ」


 >「事件関係者の所持品、衣類に至るまで調べたが、証拠は出なかったな」

「はい。当時店にいた。全員調べました」


「女性四名は、スパロウ、ホワイト、コマドリ、カワセミの四人。それぞれに一人ずつ客がいた。加えて黒服。。男性が一人減っている! これは、事件後男性が一名姿を消していたことに他ならない。怪しい男は誰か? 登場人物の表では『怠惰』しかありえない!」

『正義』の指が僕を力いっぱい指差した。

『怠惰』が事件後いなかったならば、付けていた衣類である「ネクタイ」は警察に調べられてはいない。凶器の可能性は充分に有りうる。


 だがしかし、それはすでに

 たった今、買い物袋に包装された状態で、『溺愛』が持っているのだから。


「まだその黄緑色のネクタイは、『溺愛』の持つ買い物袋に入ったままだろう? ならそのネクタイを、『怠惰』は使うことが出来ないじゃないか」

「ぐ。むむう」

『正義』が僕を糾弾し、差した指は虚空をさまよい居場所を失った。その後、己の頭を掻きむしることに使われることになった。

「第一、マーダーメイトのネクタイは、革紐の繊維が組み込まれていて、濡らした繊維がで乾くことによって縮み、結果首が絞まるんだ。現場は日光の届かない地下にある。ステージがどのくらいの時間だったかは分からないが、暗い地下のステージが終わるまでの短時間で、濡れた繊維が縮まるとは思えないね」

 店の商品が極上の謎にかかわる以上は、商品のチェックは欠かせない。それはTRICK ROOMの解答者にとって基本中の基本であった。

「そもそも、被害者の首にネクタイを絞めて、その後店を出たのなら、被害者の首にネクタイが残ったままじゃないか!」

 ネクタイが凶器説は否定された。

『正義』はぐうの音も出ない反論に、太刀打ちできない。

「スパロウの「リボン」は「衣装」、『怠惰』のスーツのベルトも「衣類」に含まれる。警察が調べていない凶器は物語に出てきていない!」

「そうだね。凶器から犯人を推定するのは、今回は難しい。だから今回は、「不自然な文章」から事件を推理していこう。誰が見ても明らかな、それでいて今回の事件を象徴する文章があっただろう?」

「「不自然な文章」??」

 店を疑え。

 登場人物を疑え。

 全てのセリフを疑え。

「それはもちろん、これさ」


 >暗闇の中、手探りで光を求め、声を発する彼女たちの耳に、異質な声が聞こえた。消え入りそうな声。弱弱しい、猫に狙われた小鳥のような声。

「お願い……、来ないで。ころさないで……!」

(第2話「願いをさえずる鳥のうた」より)


「これは被害者の最期の声じゃないか。どこが「不自然」なんだ? これこそが『願いをさえずる鳥のうた』じゃないか」

 目を閉じて、想像してみろ。と『怠惰』は言う。

「辺りは何も見えない真っ暗闇なんだ。それなのに、まるで彼女の言葉は、「」が「」ようじゃないか?」

「……、たし、かに。被害者は暗視ゴーグルをつけていた?」

『正義』は問題編の冊子を読み返す。

「暗視ゴーグルの描写は無いな。……どういうことだ?」

「この時の被害者の声は、だった。本当の被害者の声じゃない。この頃既に、被害者は殺されていたんだ。そうなるとおかしいことがある。発見されたときの被害者の服装。帽子とスカート共にピンク色の衣装を着ていた。となると殺されたのはステージの後しかありえない。その矛盾を解明するために、ステージ前の彼女たちの服装、帽子とスカートの組み合わせを特定する必要がある」



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