第4話 殺された殺人者

 僕は冊子を読み終えると、ため息をついた。

 これはまぁ、確かに。直線的推理しかできない『正義』が読めば『怠惰』が犯人だと思ってもおかしくはない。『正義』と『怠惰』がケンカすることまで、『誰何』はお見通しだろう。やれやれ。

「Sさま! ごきげんうるわしゅう!」

 室内、それも地下室にフリルの可愛らしい日傘をさしてやってきたのは『溺愛』だった。もう片方の手には買い物袋をぶらさげていた。買い物帰りか。ま、冊子を読んでいる最中に鉄扉の音がしたから、誰かやってきたのはわかっていたが。

 また、面倒くさいのが来たな……。

「あ、『溺愛』!」

「まぁ、『正義』。ごめんあそばせ」

 『正義』をちらっと見ると、すぐ僕に近づく。僕は自分から距離を取る。

「今月はその謎を挑戦しているんですね、Sさま」

「あぁ、邪魔するなよ」

「まぁ! 私がいったいいつ邪魔をしましたか?」

 先月の件は……邪魔ではなかった。僕の敗北だっただけだ。

「よう『溺愛』。今月の極上の謎『願いをさえずる鳥のうた』、挑戦するかい?」

 んー、と考える仕草をして、「今月はやめとくわ。ちょっと、お財布が寂しいのよね」と断った。唇に人差し指を当てて、僕を見る。

 僕と推理勝負をして、勝っている彼女は、莫大な賞金を手にしたはずである。だが、その事実自体を隠しているのかもしれない。

 秘密の共有ってやつか? くだらない。

「この登場人物で断トツで怪しいのは『怠……」

「登場人物で怪しいのは…、この鳥たちの『符合』だよ」

『正義』の推理に耳を傾けていたら、『誰何』の思うつぼだ。もっと論理的に、多角的に推測を広げる必要がある。

「コマドリ、スパロウ、フクロウにカラス。何か浮かばないか?」

「あ! 『誰が殺したクック・ロビン』か!」

『正義』が叫ぶ。彼は思ったことがそのまま口から言葉に出てくるようだ。推理という言葉を知らない可能性がある。

『誰が殺したクック・ロビン』とは、イギリスの伝承童謡『マザー・グース』の一つ。原題は『Who killed Cock Robin?』。クック・ロビンとは『コマドリ』のこと。コマドリを殺したのはスズメだと1番の歌詞にある。

 この歌から転じてスズメ『the Sparrow』を『殺人犯』、コマドリ『Cock Robin』を『被害者』という意味で用いられることもあるという。

「そう、コマドリが殺された。スズメが殺した。フクロウが穴を掘って、カラスが牧師になった。すべてあの歌に登場する。この物語と違う点は……」

「歌ではスパロウは殺人者だ。でも今回は被害者になっている。これが違う点だな」

 『正義』の直線的な推理に『溺愛』が口をはさむ。

「それも違うけど、歌にはカワセミなんて出てきていないじゃない。そうよね? Sさま」

「ん。あぁ。そうだな」

 カワセミはクック・ロビンの歌には登場していない。それどころか、もっと言えば洗濯クリーニングしていたフラミンゴ、カナリア、クジャクも登場していない。ハトは歌にも登場しているが、事件当日現場にいなかったようだから、無関係だろう。

「ね、挑戦しないから、詳しく話聞かせてよう」

「しかたないな。俺が教えてあげよう。『怠惰』がいかに残虐で、非道な人間だということを」

「おい」

 事件の内容を話す『正義』に、店主は何も注意しなかった。普段なら、「無料で話を聞くな」くらいのことは言いそうなものなのに。『正義』の”説明”は事件内容の本質とはかけ離れていたからだろう。まったく別の事件のように聞こえた。

「まぁ! Sさまが犯人だったのね!?」

 案の定、僕が犯人ということになっていた。

「違う。不正解だと店主も言っていただろう」

 僕が犯人ではないことは、僕が一番わかっている。だがしかし、この物語の中の『怠惰』が怪しいということも頷ける。

 しかし、店主は『怠惰』が犯人ではないと言っている。犯人は別にいるということだ。

 この物語には『違和感』が複数ある。それらをひとつひとつ精査し、つなげていけば真実にたどり着くだろう。


 ひとつ。被害者は殺されたのか。

 ひとつ。被害者はに殺されたのか。

 ひとつ。凶器はを使ったのか。


 僕は冊子を見返し、線を引き、推理を構築することにした。

「あーあ、Sさま、推理モードに入っちゃった。こうなる前に、渡したかったなぁ」

「なんだ、店に用があったんじゃないのか、『溺愛』」

「私がこんな店に足しげく通うわけないでしょう? SさまのGPSがこの店付近で消えたから、来たんじゃない」

「あぁ、ここは地下にあるからな。電波は届かない。いい推理だな」

「え! 『溺愛』ちゃんがGPS追跡していることはスルー!? 『正義』の倫理観は、俺にはまだ測れないなぁ……」

 視界の端に、にやにやしながら僕に近づいてくる『溺愛』を見つけてしまった。このまま避けなければ、彼女の腕に捕まってしまうだろう。

(そういうのは、気づかれないようにしろよ)

 いや、おそらく彼女のことだ。僕が気づいていて、なおかつ気づいてない振りをしていてほしいと思っているのだろう。そこまでわかってしまって、僕は身を引いた。

「あ! ……もう、もうちょっとだったのにぃ」

「『怠惰』に渡すものって、その買い物袋か?」

「そうよ。ネクタイに合うシャツを探していたら、一日かかっちゃった」

「ん? ネクタイ? ……まさかそれ、黄緑色じゃないか?」

「え。どうしてアンタがそんなこと知っているのよ。まさか最強。私の買い物の内容、他人に喋ってないでしょうね!」

 店主は手を挙げた。「いやいや。君たちが何のアイテムを買ったかということは、推理ゲームをするうえで重要な情報になりうる。そんなアンフェアなこと、俺がべらべらと喋るわけないだろう?」

「ならどうして『正義』が知っているわけ?」

 僕は、嫌な予感がした。

「どうして? ふふん」

『正義』は自信満々に、腰に手を当て、応える。

「それは今から俺が証明しよう。正義の名のもとに」

 ……これも、『誰何』が想定していたことだというのだろうか。


[推理編  おわり]

[解決編につづく]



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