推理編

第3話 正義の名のもとに

「『The Sabotage』!! 『怠惰』はいるか!?」

「なんだよ、うっとうしいな」


 重たい鉄扉のくせに軽々と開けて、らせん階段をものすごい速さで駆け下りてきたのは、『The Justice』だった。

 肩で息をしていた。そりゃそうだ。僕がこの階段を降りるのは、優に5分はかかる。それを1分足らずで降りて来たんだから。

 彼は学生のような外見をしている。実年齢は不明だ。僕の髪を掴もうとしてたが、当然僕は、逃げる。こいつら、ソーシャルディスタンスって言葉知らないのか。

「栗色の髪……やっぱり!」

「マスクをしろ。叫ぶな」

「犯人を告発する、正義の名のもとに!! 犯人は、お前だ!!」

 ビシッと音が鳴るくらい、背筋を伸ばした姿勢で僕を指さす。

「それは、ファイナルアンサー?」

 店主は淡々とその言葉を受け取る。正義はフンフンと首を縦に振った。

「不正解」

「なん……、だと……」

 正義は膝から崩れ落ちた。

「一体何の話をしてるんだよ。僕が犯人な訳ないだろう」

「オマエ、まだ言っているのか?」

 膝から崩れ落ちた正義がもう一度立ち上がり、僕の胸倉を、つかめない。僕は避けた。

「怠惰。これ、これ」

 店主が見せてきたのは、8月の新作。『願いをさえずる鳥のうた』だった。

 そう、僕は今月、どの物語を読もうか、まずはそれを考えていたのだ。

「それ、出題者は『The Doubt』だっけ? なら『正義』が挑むのはわかるけど、面白いの?」

「あぁ! むしろ、怠惰におススメしたいのはこれだね」

『正義』と『誰何』は犬猿の仲、というか、『正義』が一方的に『誰何』を敵視している。見た目の歳も近いからだろうか。

「ふぅん」

 僕は模擬銃を取り出す。それを奪い取ろうと『正義』は腕力にものを言わせようとした。

「犯人が自ら挑戦するなんて、正義の風上にも置けん!!」

 ……が、模擬銃は奪い取れない。先月に痛い思いをしたからだ。ブレスレットと模擬銃をチェーンでつなげてある。誰も僕の契約を邪魔できない。

「君の正義と僕の正義は違う」

「くっ」

「契約するよ。『The Strongest』。準備はいいかい」

「よろこんで」

 パシュッ。小さい発射音とほぼ同時に、店主は後ろの壁に盛大に吹っ飛ぶ。

「け、契約完了。ほらよ、これが新作だ」

 僕は冊子を受け取りながら、店内を見まわす。怪しげなロッカーなどは置いていないだろうか。特に先月と変わりないように思える。

 この店と、登場人物。すべてを疑わなければ。

 ページをめくって、僕は驚愕した。


「な、なんだこいつ!!」


 なんだこいつ、というのはもちろん。

 登場人物の表に名を連ねている、『怠惰』その人である。




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