第2話 願いをさえずる鳥のうた
※この物語はフィクションです。この物語に出てくる登場人物、場所、団体、その他の以下略はあなたと関係……あるかどうかはご想像にお任せします。
◆登場人物
怠惰
スパロウ
カワセミ
ホワイト
コマドリ
刑事・ヒゲミヤ
若い刑事・コバヤカワ
◆
「いらっしゃいませ〜」
鳥たちが舞うには暗すぎる。開店前は照明は暗めに設定してあった。
「あ、これはこれは怠惰さま。お久しぶりですね」黒服が客に挨拶をした。
帽子を目深に被り、サングラスとマスクをしているが、特徴的な栗色の長い髪から推測できる。灰色のシャツに映える黄緑色のネクタイが眩しい。
「今日はいつものだぼだぼ服じゃないですね。カッコイイです」
『怠惰』と呼ばれた客は常連なのか、案内されずとも奥まった席に座る。彼の他にもちらほら、客がいるようだ。
「さて、今夜もようこそいらっしゃいました! 当店『バードケイジ』の小鳥ちゃんでーす!」
ステージ上の鳥籠を模した鉄格子の扉から、カラフルな衣装を着た若い女性達が飛び出した。
店内を自由に飛び回り、各々好きなテーブルに降り立つ。
「こんばんわ〜、スパロウです。きゃっ。怠惰さんなつかし〜じゃないですか〜」
白いカラスの
「スパロウ、しばらく見ないうちにまた可愛くなったんじゃない?」
「怠惰さんお上手〜! ね。何飲む?」
「いつものやつ」
「ね。私も頼んでいい?」
「もちろん」
「やった〜」
『バードケイジ』は飲食店だ。ガールズバーという形態。彼女たちは席には座らず、店員として振る舞う。風俗店では無い。
ただ、少しばかり煌びやかで華やかで、官能的な服装をしているようにも見える。これは演出。『鳥籠の中の小鳥』を表現している。スパロウはスズメ、オウルはフクロウ、ホワイトは白いカラス、コマドリは……、そのままだ。
彼女たちは色とりどりの衣装を身に纏い、席から席、その止まり木を転々と渡り歩く。若く美しい小鳥と戯れる、刹那的な充実感を味わう店だ。
「今日はいつもと少しばかり、衣装が違うようだね」
「さっすが〜、怠惰さん気付いてくれると思ってた! 今日はね、ホワイトの帽子に、コマ姐さんのスカートにしてみたんだ〜。ほら、ネイルはピンク色なんだよ~。私とおそろいだね、怠惰さん。今日のスーツも、すっごいカッコいいよ」
スパロウは怠惰の肩に寄り掛かるように甘えた。
小鳥たちにはそれぞれ『色』が割り振られていて、通常は帽子とスカートを一色で統一している。スパロウはピンク色だ。
「今日はね、ちょっと気分転換しようと思って、いつもとは違う服にしてみたんだ」
「あ! 私の
ホワイトが飲み物を取りに来たのか、脇を通り抜ける時にスパロウに話しかけた。彼女は茶色いフクロウの
「ホワイトちゃん可愛いじゃーん」
「今日、オウルちゃんお休みだからいいけどさ〜。まいっか。私もいつもと違うスカート履いちゃってるし」
「あ、私のスカートここにあったのね~」
コマドリがやってきて、スパロウのスカートをひらひらとめくる。時折水を弾くようなハリのいい、スパロウの太ももが露わになった。
「コマドリ姐さんのスカート借りてマース」スパロウは悪びれもなくにっこり笑顔で返答した。
「もう、しょうがないわね。ここでぬがしちゃうと可哀想だから、私はホワイトのスカート履いちゃいますか」
「もう! スパロウ! いつもいつもあなたは勝手に!」
いつもは鮮やかなエメラルドグリーンの衣装に身を包んでいるカワセミも、今日はちぐはぐな色だ。今日は全員自分とは違う色の衣装を着ていた。上下とも色を揃えている人は一人もいない。
「まあまあ、ほらオウルの衣装も似合うじゃない、カワセミ」コマドリがなだめる。
「他の衣装を
「ま、今日常連さんしかいないみたいだからいいじゃない」
コマドリはカワセミの耳元で小声で付け加える。「それに、みんな衣装じゃなくて、私たちの身体しか見ていないみたいだし」
「ふん。今日のステージで魅了してあげるんだから」
カワセミは誰よりもステージのダンスに対してストイックだ。彼女がいるからダンスステージがこの店『バードケイジ』の名コンテンツとして成り立っているといっても過言ではない。
「さぁ! それではお待たせしました! 今宵のダンスステージは全員踊り舞っていただきます! 鳥籠のステージへお帰りください!!」
黒服がマイクで全席に呼びかけると、各席についていた小鳥たちが鳥籠のステージに集まった。全員カラフルな衣装を着ている。スズメのスパロウ、白いカラスのホワイト、カワセミ、コマドリの四羽だ。
客たちはすでに分かっているのか、手拍子を鳴らし、彼女たちの姿を待つ。数分待っていただろうか。暗闇を切り裂く白い光線が鳥籠を切り裂くように縦に一文字引かれると飛び出してきたのは、ホワイトだった。
白を基調とした照明に照らされ、ステージを舞う姿はカラスというよりも白鳥のようだ。ダンスの最中に横一文字にオレンジ色の光が切り裂く。ホワイトは逃げるようにステージの脇へはけた。
次に現れたのはコマドリだ。ステージ前方に設置されたポールを駆使してポールダンスを披露する。ポールダンスができるのはコマドリとカワセミだけだ。ポールは前方とステージの左右に計3本立っていた。コマドリはどの席からも見渡せるように、三か所のポールで舞う姿を客に魅せつけた。
すると、ピンク色の光がマシンガンのようにステージ上に乱雑に降り注ぐ。銃の効果音とも相成って、コマドリはステージの裏へ退いた。
そこに現れたのはスパロウだった。スパロウはピンク色のリボンを持って、天女のようにひらひらと舞った。リボンを持つ指先にピンク色のネイルが光る。彼女の細い足が綺麗に伸びた。少女のようなシルエットがライトの中で浮き彫りになる。登場の際は光線銃のように突き刺すような光だったが、今は打って変わってカーテンのような、ベールのような優しい柔らかいピンク色の光になって彼女を照らす。
彼女のポージングの後、段々と暗転した。何も見えなくなる。音も止む。
暗闇と、無音の世界が間を作る。
客の一人が「おおおおおおおぉ?」と声を漏らした。「どうしたー?」「カワセミちゃーん」客が口々に場を盛り上げようとした。ステージは小鳥たちが盛り上げるのみではなく、客の手拍子、声、待ち望む視線があってこそ、彼女たちはより華やかに、艶やかに舞えるのだ。それを証明するかのように、白い光とそれに追従するかのように黄緑色の光が暗闇を一閃した。
パーカッションのリズムがステージに戻ってくる。ビートの爆音がステージを揺らし、身体に直接響く。彼女たちがこの暗闇に帰って来た。客たちは帰りを歓ぶ声を上げる。まだ見ぬ彼女たちの肢体を想像して興奮する。
ステージに黄緑色の光が弾けると、瞬きの間にカワセミがバク転でステージ上にやってきた。客の視線には黄緑色の光が端々に入って、色のイメージを強烈に残す。カワセミが激しいダンスを踊り、その後方には三羽の小鳥が戻ってきていた。全員で音楽に合わせたダンスを舞った。
「いくよ!!」
カワセミが合図すると、彼女たちは着ていた服を脱いだ。
正確に言うと、つけていた
ステージは大盛況で幕を閉じた。新型ウィルスの影響で、客足の遠のくこの店も、かろうじて続けてこれているのは、このダンスステージを見に来てくる常連たちがいるからだった。
閉じた幕の中で、彼女たちはタオルで汗をぬぐい、脱ぎ捨てた服を拾う。
「さ、今度はきちんと私たちの服を着ましょうね!」カワセミは運動した後の、火照った顔で他の小鳥に呼びかけた。オレンジ色とエメラルドグリーンの
「いや、でもこれもう汗でびしょびしょだし、水着のままでいいじゃん?」ホワイトがエメラルドグリーンのスカートを拾いつつ、愚痴をこぼした。
「うーん、その方がお客さんたちは喜ぶだろうけど、ねぇ……」コマドリの言葉は暗闇に吸い込まれた。再び暗転。ステージと客席は暗闇に包まれた。
「おおおおおおおおぉ?」客たちはダンスステージが継続していると思い、再び盛り上げ役に徹する。
しかし、当の小鳥たちは困惑していた。既にダンスステージは終了したはずだった。
「ちょっと、黒服さん! 照明落ちてるんですけど!」
「何も見えないじゃない!」
「客席も真っ暗よ」
「やめて……」
暗闇の中、手探りで光を求め、声を発する彼女たちの耳に、異質な声が聞こえた。消え入りそうな声。弱弱しい、猫に狙われた小鳥のような声。
「お願い……、来ないで。ころさないで……!」
「え……、どうしたの?」
「誰? 誰なの?」
「黒服さん! はやく照明! なんとかして!!」
「ぐ………」
うめき声の後「バタン」と何かが倒れる音がした。客もこれが演出ではないのではと思い、スマホで明かりを取り出しステージに近寄る。
「カワセミちゃん! 大丈夫!?」
「え、えぇ。私はね。それ、ちょっと貸して!」
カワセミは客のスマホをひったくるようにして、ステージ上を照らして、ステージ上の小鳥たちの無事を確かめた。
「コマ姐さん、ホワイト……。え。スパロウは? リサ!! どこにいるの!?」
カワセミの叫びから一瞬。照明が点いた。ダンスステージや、店内のすべての照明が点く。真っ暗だった視界が一気に白くなり、店内にいる皆の目が眩む。
その後、誰が最初に気づいただろうか。
帽子とスカート、ピンク色の衣装を身にまとったスパロウがステージの隅で倒れていた。首には紐のような跡がついていて、息をしていない。
女性の叫び声がステージに響いて、男性は叫ぶことを忘れていた。まるで絵空事の世界のことのように、客たちは動けずに立ち尽くしていた。
「きゅ、救急車!!」
カワセミは手にしたスマホで119を掛ける。店内は地下だからか、繋がらない。ほとんど裸の彼女は気にせずに店の外へ飛び出した。
◆
「被害者の名はニワト リサ。バー『バードケイジ』の店員、ですね」
刑事二人が現場を捜査している。と言ってもすでに鑑識の出番は終わっている。証拠の一つもこの現場には残っていないだろう。
「被害者はストーカーに悩まされていたそうです」
「こんな店で、あんな水着みたいな衣装で踊っていればまぁ、多数の男に好かれていても文句は言えないだろう」
「しかし、殺されていいとは」
「そこまでは言っていないさ。しかし、被害者の死には不審な点も多い」
若い刑事は手帳を確認した。
「被害者の死亡推定時刻ですね。遺体発見のダンスステージ直後よりもさらに前に殺されていた可能性があります」
「だが、死ぬ前に激しい運動をしていれば、死亡推定時刻が前にずれることはままあることだ。汗でびしょびしょになるほど踊っていれば、急速に死後硬直が進む。そういうこともあるだろう」
「凶器も発見されていません。首筋に残るひも状のもの、です」
「事件関係者の所持品、衣類に至るまで調べたが、証拠は出なかったな」
「はい。当時店にいた客と店員含めて男四名、女四名。全員調べました」
「ふん」
首筋に跡さえ残っていなければ、自然死と言えなくもなかった。店で一番若いが、病気は若者にも起こりうる。しかし、被害者の首に跡はしっかり残っていた。被害者の命を奪った第三者が必ずいる。
「あとひとつ、被害者が手に握っていた『鳥の羽根』です。あれは一体何なのでしょうか」
「当初は犯人の衣装からむしり取ったものだと考えられていたが、店内の衣装からむしり取られたものではなかったな」
「はい、スズメ、カラス、カワセミ、コマドリ、フクロウのものではなく、当時クリーニングに出していたフラミンゴ、カナリア、クジャク、ハトの物でもありませんでした。しかし、形状からして何らかの鳥の羽根であることは確かです。今専門家に別の班が話を聞きに行って……あ。彼らから電話です。はい、もしもし、えぇ」
数回頷き、メモを取ると、若い刑事は電話を切った。
「例の鳥の羽根、『カッコウ』のものだそうです」
「カッコウ?」
店にいた鳥のどれのものとも違う。「これでは格好がつかないな」
若くない方の刑事の言葉を若い刑事はスルーした。「そうですね」
「……ゴホン! 普通に考えれば、店内にいる奴らの中に犯人がいるだろう。怪しいのは、カワセミ……、トサカ ヒバリ。彼女は被害者をいつも執拗に叱っていたそうだ。あぁ! トサカなんだかヒバリなんだか、カワセミなんだか!! ややこしい名前ばっかりだな!」
若くない方の刑事は髪をかきむしった。
「犯人は、……だれだ?」
警察は、犯人の行方を追う。
しかし、刑事が彼の肩に手を置くことはない。
[問題編 終わり]
[推理編につづく]
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