解答編
第6話 もうひとつの完全犯罪
どうしてもSさまはヒロ君を殺されたことにしたいみたい。
「彼を死のロッカーに誘うのは簡単だよ。彼は暗所恐怖症だった。少しでも明るい方を彼は選ぶ。死のロッカーに少し、光が差すほどの穴を空けてしまえばいい」
>ヒロ君は目の前の古臭いロッカーを見た。錆びて、背面や扉に小さな穴がいくつも空いている。(第3話 間違いなく君だったよ より)
「彼の方が彼女よりも先に、入るロッカーを選んでいた。二者択一。必ず彼は……」
「必ずヒロ君は死のロッカーには入らないよ」
私はSさまの言葉を遮る。彼の視線を一身に受ける。
彼の本気の目が見られるなら、推理の勝負というのも、悪くないな。自然と笑みがこぼれた。アイドルのような可愛らしい笑顔じゃない。悪事を企む悪代官のような、主人公を痛めつける悪のヒロインのような、私の素に近い笑顔だった。
Sさまの心を掴むのは、感情論じゃない。いつだって揺るがない。論理的で明確な推理の力。
彼の心を、徹底的にねじ伏せるつもりで、彼の説を説き伏せる。
「店主が言っていたでしょう? この死のロッカーには、ノイズキャンセラーがついているの」
>一応、ノイズキャンセラーもついてる。というか、単なる防音設備だね。ロッカーの中に、防音材を敷き詰めてあるんだ。断末魔の叫び声は外に漏れ聞こえないようになっているよ。(第5話 二者択一 より)
「死のロッカーには防音材が貼り付けられていて、中には光なんて差す訳が無い。死のロッカーは、真の暗闇のロッカー。つまり、ヒロ君は絶対に、死のロッカーには入らない。二者択一。ヒロ君が入らなければ必ず、女が死のロッカーを選ぶ」
「でもそうなるとおかしいだろう? 扉の裏の刃は扉が開いた方に刺さるんだぞ!」
彼の推理の刃は、私の急所にかすりもしない。
「違う。店主はそうは言ってないよ。もう一度彼の言葉を思い出してみて」
>扉のウラ側に、ロッカーの中に入った人の身体に突き刺さる長さの刃物が仕掛けられている。扉を開けると、その人に刃物が刺さって死んでしまうんだ。(第5話 二者択一 より)
「どちらの扉が開いた時にナイフが刺さるか、なんて断言していない!」
「……!!」
「よく考えてみて。本来アイアン・メイデンは、扉を閉めた時に、扉のウラに仕込まれた釘が刺さるモノでしょう? 扉を開けたって、そのナイフは刺さらない。その理由を理解するには、このロッカーの仕掛けを紐解く必要がある。実際に見てみて、このロッカー。普通のロッカーと違う点があるでしょう?」
「普通のロッカーと違う点?」
「扉の開き方が違うでしょう? 普通は二つとも同じ右開きか左開きで統一されている。それか2つでセットの両開き。でもこのロッカーは……」
>右側の扉を開いた。ロッカーの中を見て、左手で扉を押さえる。(第3話 間違いなく君だったよ より)
見てわかる通り、右側のロッカーは左手で扉を開ける、「左開き」のロッカー。
>彼は左側のロッカーを開けた。扉を持ったまま、左手で中の背板を触って確認する。ボロきれ以外は何もない。左側は普通のロッカーのようだった。そのまま押さえていた手で扉を閉める。(第5話 二者択一 より)
左側のロッカーは、扉を持ったまま左手で中を確認していたんだから、扉は右手に持っている。「右開き」のロッカー。
おかしいでしょう? 左右とも、外側から開くように出来ている。
実はこのロッカーの扉は、左側と右側で一枚の板になっているの。
左側の扉を外に開くと、右側の扉はロッカーの中へ。
右側の扉を外に開くと、左側の扉はロッカーの中へ入り込むようになっている。
扉が連動していて、シーソーのように逆に動く。離れてみればおかしいことに気づくけど、開けたロッカーの中のみを調べるように見ていると、その仕掛けに気づかない。
つまり、開けた方とは逆の扉が中に入り込む。死のロッカーではない方のドアを開けた時に、仕掛けた刃物が刺さるようになっている。
>その少しあと、もう一つのロッカーも開く音がする。
「ぅうわっ、な、なんだ!?」(第3話 間違いなく君だったよ より)
「これは、ヒロ君がロッカーに隠れたあと、女がもう一方のロッカーを開けた時の一文。この時、開けた扉とは逆のロッカー、つまりヒロ君の隠れているロッカーの扉が中に入り込んで、中のヒロ君に当たったの。ただし、ヒロ君が入っているロッカーの扉の裏側には何も仕掛けられていない。暗闇に隠れていたはずなのにいきなり前から扉がぶつかってきたから、驚いて声を上げてしまったってわけ。それに、ヒロ君の入っているロッカーから彼の声が聞こえたという点も、防音材が貼られていない、彼が死のロッカーに入っていないという、何よりの証左になるでしょう?」
>俺が入っていたロッカーの扉が開いた。目の前の彼女の右手が重たい鉄の扉を開ける。(第3話 間違いなく君だったよ より)
小説の最後、ヒロ君の入っているロッカーが開く。開いた人物は右手でロッカーを開けている。
右手で開けるのは、左開き、左側のロッカー。死なないロッカー。
彼女が重たい鉄の扉を右手で開いて、彼を助け出したちょうどそのタイミングで、もう一方の扉が中へ沈み込み、『真実の愛アンメイデン』の無慈悲な刃が彼女に突き刺さっていたことになる。叫び声は暗闇に吸い込まれ、聞こえなかった。
「殺されたのは「ロッカーに入った女」。犯人は「ロッカーを開けた女」。以上、これが答え」
パンッ!!
クラッカーの弾けた音。レジカウンター付近に紙吹雪が舞う。
「正解! 今回はお嬢が一枚上手だったな、怠惰。ちなみに、今回一番多かった間違いが、「犯人はストーカー女で、男を殺した」という解答だ。ちゃんとヒントをあげたのに、だ〜れも読んでくれないんだもんな!」
「……ヒント?」
>彼女は左手で思いっきりロッカーの扉を開けた。俺はその場にへたり込んだ。
(第3話 間違いなく君だったよ より)
「小説の最後、左手で開いたのは右側の死のロッカーだ。生き残った彼女は、ヒロ君に自らの『真実の愛の結果』を見せつけた。絶命した彼女の遺体さ。その後の彼らの未来は目に見えるようだろう?
>二人がこれから先、手を取り合って大きな山をいくつも乗り越える。
そんな未来が想像できたので、★三つです!!
「二人で遺体を山に捨てに行ったのさ! 初めての共同作業? 秘密の共有? きっと、二人は誰よりも強固な、『真実の愛』を掴み取ったはずさ!」
「悪趣味なレビューだ」
「同感」
「イイネが一番多いレビューは俺だぜ?」
「とにかく」
ため息をついて、所在なさげに彼はつぶやく。
「僕の、負けだ。君の都合のいい日を連絡……」
ピロンッ
突然鳴ったスマホを見ると、彼は頭を抱えた。
「オマエ、どうして僕の連絡先を……!」
「ふふふ」
私に大事なスマホを渡したら、ダメだと思うなぁ。その時にしっかり、あなたの連絡先を控えて置いたんだから。
「デートの日、考えておくね!」
「帰る!」
「ばいばーい!」「またのご来店を」
重たい鉄の扉が閉まる音が聞こえた。
ふぅ。私の完全犯罪。滞りなくやり切った。
さぁ、これからきっと、楽しくなるわ。
なにをして、彼を喜ばせようかしら。
でも私、性格が悪いのかしら。
彼の笑顔よりも、彼の悔しがる顔の方が見たいなんて、ね。
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