第5話 二者択一
店主の横に立つ、古びたロッカー。それは『間違いなく君だったよ』に出てきた『真実の愛のロッカー』にしか見えない。
「古びたロッカー型の、処刑器具だって?」
「こーーーんな目立つところに置いてあるんだから、誰か気づくと思ったのに、だーーーーれもツッコミを入れてくれないんだもんな! 寂しくなっちゃう」
店主はうねうねと腰を振る。
「『間違いなく君だったよ』を読んでなければ『ただのロッカーだな』って思って終わりだろ」
「何言っているのさ、怠惰。ここは普通のお店ではない事、お前なら知っているだろう? ならば読んだ時点で、目にした時点で、『真実の愛アンメイデン』と耳にした時点で『おかしい』と思わないとだめだろう?」
「ぐっ……」
そう、このお店は普通のお店じゃない。この店内に並ぶすべての商品は、人を殺すためだけに作られた、特注品。選りすぐりの凶器たちなのだから。
「この店に、普通のロッカーがあるわけがない!!ましてや新商品、なんだからね」
「そのロッカーは、どうやって人を殺すんだよ」
よくぞ聞いてくれた、と店主は立ち上がって、どこぞの通販番組のようにすらすらと説明を始める。
「ロッカーは二つ並んでいるね。一方はただのロッカー。もう一方はアイアンメイデンのように、扉のウラ側に、ロッカーの中に入った人の身体に突き刺さる長さの刃物が仕掛けられている。扉を開けると、その人に刃物が刺さって死んでしまうんだ。アタリの方に入れば助かる。ハズレの方に入ればお陀仏。それだけさ」
「それだけ?」
彼は左側のロッカーを開けた。扉を持ったまま、左手で中の背板を触って確認する。ボロきれ以外は何もない。左側は普通のロッカーのようだった。そのまま押さえていた手で扉を閉める。
次に彼は、右側のロッカーを開けた。扉の裏側には、ボロきれで隠れていたが、鋭利な刃物が極限まで研がれて配置されていた。刃物があるかもとわかっていたからよかったものの、こんなもの、誤って触れたら指が全てなくなってしまうだろう。こちらがハズレのロッカーか。左手でロッカーを閉める。
「あぁ。一応、ノイズキャンセラーもついてる。というか、単なる防音設備だね。ロッカーの中に、防音材を敷き詰めてあるんだ。断末魔の叫び声は外に漏れ聞こえないようになっているよ。じゃないと今回の場合、もう一人の無事だった人に、「今殺したよ」ってタイミングがばれてしまうからね。それだと演出的にちょっとよろしくなかったんだ」
処刑器具の本来の意味だと、断末魔の叫び声って絶対必要だよなぁと感慨深くしきりに頷く店主。
今までずっと、おとなしく話を聞いていた私は、話を切り出す。
「Sさま。私と勝負しましょ?」
「勝負?」
「えぇ。Sさまは推理力を武器に戦うことがお好きなんでしょう? それなら、私とも勝負しましょうよ。だって、私。この事件の犯人、知っているんですもの」
私は、彼の手に残る小冊子を奪い取って、左手に持ち替えた。
「うふふ。『解答を宣言したなら、この本はもう読んじゃダメ』、これもルールだから、没収しますね。だって、店主に向けて模擬銃を構えたってことは、契約をしようとしたんですから、それはもう、『解答を宣言したことと同義』でしょ?」
私の左手の中で、小冊子は一瞬で燃えてしまった。炭も残らない。そういうアイテムを使ったの。指輪一つで証拠隠滅できる優れもの。これも、ここの商品。
「何を賭けて勝負するんだ? お金か?」
「お金なんて、つまらない。私は、あなたが欲しい。でもね、それはちょっと大げさすぎるから、こうしましょう。あなたが勝ったら、私は一生あなたに近寄らない。でも、私が勝ったら、今度デートに行きましょう」
「一生、それでいいのか?」
「えぇ。 寂しい?」
「アホか」
「ふふふ。大丈夫。あなたは負けるから」
「ふん。面白い。いいだろう」
彼は、頭の中の推理小説をもう一度よく読み込もうとするだろう。
でもね、それだけじゃあやっぱり、私には勝てない。
推理小説だと思って読むと、真実に気づかない。これは、Sさまも最初に言っていた通り、恋愛小説なのだから。
「殺されたのは、さっきも言ったが、ヒロ君と呼ばれた生徒だ。何故ならば、小説の最後に彼の入っていたロッカーは開かれている」
>俺が入っていたロッカーの扉が開いた。目の前の彼女の右手が重たい鉄の扉を開ける。
「そして店主もさっき言っていた」
>もう一方はアイアンメイデンのように、扉のウラ側に身体に突き刺さる刃物が仕掛けられている。扉を開けると、その人にナイフが刺さって死んでしまうんだ。
「扉が開けられた方に入っていた人が死ぬ。彼が入っていたロッカーが開けられたのなら、死んだのは彼だ。凶器はこのロッカー。ストーカー女を悲しませるようなこと、つまり本当の彼女と愛し合っていたことへの嫉妬で殺されてしまったんだ。その証拠に、彼はロッカーから出た後」
>寒いわけでもないのに、身体から震えが止まらない。
「これは、失血死に陥った人間が経験する血を失うことによる体温の低下を意味している。この小説の中では、誰が死んだと書いていない。それは『ロッカー』が『処刑器具』だと知らなかったからだ。今それを知っている僕だからこそ、この結論にたどり着くことができる。以上だ」
私には彼の言葉が理解できなかった。悲しいよ。どうしてそんなことを言うの?
「どうして、彼女が愛するヒロ君を殺したなんて、そんなことが言えるの?」
「この小説に書いてあることから推測して……」
「全然違うもん!!」
本当は、履いているスリッパでSさまの頭を引っ叩きたいくらいだったけれど、思いっきり叫ぶことでなんとか耐えた。
出題者は
「じゃあ、Sさま。その処刑器具は、一方がハズレで、一方がアタリなんでしょう? 一方が死なないロッカー。もう一方がズタズタのロッカー。小説では、彼女が目をつむっているあいだ、彼と女が各々、好きな方に入っていったわ。犯人がヒロ君を殺したがっているとして、どうやってハズレのロッカーに彼を案内したっていうの?」
二者択一っていうのならば、確率は50%。完全犯罪にはならない。
完全犯罪ならば、ハズレの方に100%、殺したい相手を誘導しなければならないのだから。
「好きな人を殺しちゃう人は、本当にその人のことを好きじゃない人なんだよ。Sさま。愛憎劇がそういうものなんだって、間違ったことを覚えてほしくないよ。世の中にいたずらに氾濫するその嘘、それこそが作り物の、まがい物の愛、なんだよ」
そして。
そして、私が教えてあげるね。
この物語の、真実を。
「愛するヒロ君のために、彼女は女を葬ったの。彼女を死のロッカーにいざなってね」
[推理編 完]
[解答編へつづく]
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます