推理編
第4話 真実の愛の行方
「真実の愛、ねぇ」
私は彼の首元に当てようとしていたネクタイを、咄嗟に後ろに隠した。
ちぇ、あともうちょっとだったのにな。
「あ、読み終わった? ねぇ、美しいわよね! 愛する二人は、真実の愛を勝ち取ったのよ!」
「いやいやいや、これってよくある話だよ」
彼はうんざりした顔をする。
「語り部の” 私 ”っていうのが、ヒロ君の彼女って書き方をしているだけで、これ、実はストーカー女の目線での話だよね。だって、ストーカー女から見れば、本当の彼女って、まさしくストーカー女なんだからさ」
>いつもいつでも、スマホにメッセージを送ったり、夜中に電話を掛けたり、学校終わりに校門で待ち伏せしていたりするんだって。
「だから、ストーカー女は彼と本当の彼女を呼び出して、おまじないを利用してロッカーに閉じ込めて、彼と二人きりになる時間を得た。だけれど、拒絶されて、彼を殺してしまったんだ」
「どうして彼が殺されたってことまでわかるの? だって、そんなのどこにも書いてないじゃない」
「それはほら、これだよ」
彼はスマホの画面を取り出した。ニュースが映し出されていた。
> 〇〇都△△区の山奥で、クニ ヒロユキさんが鋭利な刃物で腹部など数か所を刺された状態で埋められているのを、近所の住人が発見しました。クニさんは△△区の高校の生徒で、捜索願が出されていました。現在、犯人の行方を追っています。
「メタ推理だけどさ、ヒロ君って高校生が出てきたから、もしかしたらって思ってね。腹部に数か所刺されるって、よっぽど恨まれていたってことだよ。愛憎のもつれってやつさ。本文を読んでいる限り、彼と彼女がうまくいくとも思えないし、こういうことだと思うな」
「つまり、
店主は悪魔のような笑みで手招きをした。
「間違いないんだろう? たったそれだけで、一千万だぜ」
「お金が欲しいわけじゃない」
「それでも、この物語を解いたという実績が積まれる。まさか、現実世界のニュースまでチェックしているとは驚いた。……まだこの物語は犯人が見つかってないんだよ。誰も手を出していないんだ。今が買い、だぜ」
「今月はもう既に一つ解いた。それがルールだ」
「それは、君の中のルールだろう? 誰に憚ることじゃない。分かり切った簡単な物語なんだ。ただ、犯人を名指しすればいい。ほら」
わかってる。彼が欲しいのは、謎を解いたという結果。誇り。名誉。まだ誰も手を出していない更地に陣取る旗を立てるだけの簡単な手間。
それだけで、彼はその栄光を手にすることができる。
それでも、
それでも私は、そんな彼を見たくなかった。
「んむっ」
私は、彼の口をふさいだ。左手は彼のスマホ、右手はネクタイで塞がっていたから、私の唇でふさいだ。あなたの雄弁な、やわらかな唇を。
その瞬間、私は突き飛ばされた。抱きしめる間もなく。
私の細くて軽い体は、彼の手で簡単に吹っ飛ばされてしまう。
「な、何を、するんだ!」
「何って、仕方ないじゃない」
受け身は取ったので、ダメージは少ない。お気に入りのドレスが多少ホコリで汚れたのが気になるくらいだった。
「紛い物の愛に、盲目になっているあなたの口をふさぐには、これしかなかったの」
ひゅーーっ、と店主は口笛を吹く。
「お熱いねぇ。青春だ」店主は手を叩く。不快な音だ。不快な、男だ。
「何が、盲目だ。これは謎解きの勝負だ。推理力を武器にした、戦いだ」
「人のお金で受注しといて、人の褌で相撲を取っているあなたに言われたくないわ」
「それなら」
彼が取り出した模擬銃を、流れる動作で取り出したそれを私は彼の瞬きの間に掠め取った。ネクタイは棚に、スマホは彼のポケットに戻してあった。
「なっ」
私は模擬銃を彼に向ける。
「おい、いくら模擬銃でも、人に向けて撃ったら普通に死ねるぜ」
店主が私に声を掛ける。
「僕を殺すのか、殺人鬼」
見つめあう二人。死から逃れようとする、生を掴み取ろうとする弱者の目。
かわいい。けれど、趣味じゃない。好きな人を、殺すなんて。
「いいから、両手を頭の後ろに回して。そのまま後ろを向きなさい。それで、あなたの目が覚める」
口づけでも目が覚めなかったあなたでも。
真実の愛を目にしたら、さすがに気づくでしょう。
「何をばか……、な……」
彼は目の前に置かれたあるものを見て、反論の矛先を私から店主に変えた。
「……おい、
「何って、そりゃあ、言っただろ。新商品だよ」
店主は悪びれもしない。大げさにお辞儀をして、声高に商品を紹介して見せた。
「これこそが今月の新商品。『真実の愛アンメイデン』。古びたロッカー型の処刑器具でございます」
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