推理編

第3話 だれがサンダルを履いたのか

「なにこれ」

「読み終わった? 早いね」

 店内には僕と店主しかいないのだ。独り言に反応されてしまっても無理はない。

「この事件の被害者、筆入氏が殺されたとして、その犯人を当てろってこと?」

「事件に関する質問は大なり小なりひとつにつき100万円だけど、それは質問?」

「いや、独り言だよ」

 それも含めて、極上の謎、ってことだろう。

 筆入氏が死んだ。死因は頭を強く打ったことによるものだという。事故死。以上。

 ただ、そんな簡単で単純な事件がここに入荷されてくるはずがない。また、名指しでこの僕を負かすために書かれたものと聞いた。

 一筋縄ではいかないだろう。

 だからこそ、面白い。

「今から僕が話すことは、『犯人がわかった』という言葉を言うまでは全て独り言だ」

「オッケー。君の推理の動向をリアルタイムで聴けるなんて、垂涎モノだよ」

 店主はにやりと笑った。口元しか見えないくせに、嫌に楽しそうなのは伝わってくる。そりゃそうだ。店主にしてみれば、この僕が謎を解けたとしても、解けなかったとしても、お金が入ってくる立場にいる。

 店主の存在を頭の中で消して、僕は小説を読み込むことにした。

 舞台はスーパー銭湯。の、駐車場。

 脱衣所から4人が走り、駐車場のグレーチングを通り過ぎて、ゴールは自動販売機の近く。

 脱衣所を出た順番は、小説を読む限り、

 ①、硯

 ②、筆入(被害者)

 ③、墨河

 ④、半紙(語り部)

 だろう。

 ここで、4人は謎の人物に履き物を盗まれた。そして、代わりに4つの履き物を履くことを強要された。

 サンダル、足つぼサンダル、スリッパに下駄、だったか。

「これはルールの確認だが、この小説の中に、謎解きに必要な情報は全て含まれているんだな?」

「もちろん。なかには警察が知らないような情報も含まれている。だからこそ、警察よりも早く真相に到達できるってのがこのゲームの面白いところだろう?」

 と、いうことは、だ。不必要な情報に文字を割いていることはないだろう。履き物の盗難、入れ替わりは推理に必要な情報なはずだ。

 ならば、彼らが何を履いて泥棒を追いかけたか。この推理から固めていくことにしよう。

 店内の衣類売り場にある履き物を4つ、拝借することにした。

 サンダル、足つぼサンダル、スリッパ、下駄。4つとも、店内に置いてあった。目の前の陳列棚に置いてあった商品をどかして、この4つを並べる。

「一番最初に追いかけていった硯氏は、何を履いて行ったか」

 これは、硯氏と筆入氏の会話から推測できる。


>「すごいな、硯。お前それ、痛くないのかよ!」

>「全然! 俺は健康だからな!」


 健康に気を使い始めた硯氏なら、足つぼサンダルを履いて走っても痛くないのも頷ける。履いたら痛い履き物、足つぼサンダルを彼は選んだ。

 陳列棚の一番左に足つぼサンダルを置いた。残りはサンダル、スリッパ、下駄。

 次に被害者の筆入氏。彼が何を履いていたかは、この一文がヒントとなる。


>「くそっ、めっちゃ走りづらいわ、これ!」

>筆入が走るたびに、カンカンと音が鳴っていた。


 このことから、走るたびに音が「カンカン」と鳴るのは『下駄』だと推測できる。左から二番目に下駄を置いた。

 4つの履き物が一つずつしかないのだから、残るスリッパとサンダルを、墨河氏と半紙氏がそれぞれ履いたはずだ。

 墨河氏と半紙氏。どちらがどちらを履いたのか。サンダルとスリッパを見比べる。

 どちらも同じような履き物だ。つま先を入れて引っ掛けるタイプ。今僕が履いているクロックスも同じ……。

 ……いや、ちがう。

 財布を見つけた地点で墨河氏が言っている。


>「あー、俺は足首が痛いね。これは長距離走るような履き物じゃないんだよ。こんなことならあいつより先に、ビーチサンダルを履いてくれば良かったぜ」墨河が愚痴をこぼす。


 サンダルもスリッパも、足首が痛くなるような履き物ではない。それに、? 最初に脱衣所の前に置かれたサンダルは、ビーチサンダルだったのか? クロックスの形をしたサンダルではなく?

 だとするとこの発言から、墨河氏より早くスタートした人がビーチサンダルを選んでいることになる。墨河氏よりも早くスタートしたのは、硯氏と筆入氏の二人。硯氏は足つぼサンダルを履いている。筆入氏がビーチサンダルを履いていった?

 そうなると消去法で墨河氏が履いている足首が痛い履き物はになるだろう。確かに、長距離を走ると下駄なら足首が痛くなるかもしれない。

 残った半紙氏はスリッパを履いたことになる。

 脱衣所スタート時

 ①硯・足つぼサンダル

 ②筆入・ビーチサンダル

 ③墨河・下駄

 ④半紙・スリッパ

 ……そうなるとさっきと違い、不自然な文言が浮かび上がってくる。


>「くそっ、めっちゃ走りづらいわ、これ!」

>筆入が走るたびに、カンカンと音が鳴っていた。


 普通、ビーチサンダルは「カンカン」とは鳴らない。「ぺたぺた」か、「ぺしぺし」。力強く打ち付けても「パンパン」だろう。ビーチサンダルの靴底に何か細工がされていたのではないだろうか。

 先ほど店内の棚から持ってきていたサンダル(クロックス型)の代わりに、同じく店内に並ぶビーチサンダルを持ってきた。靴底を見ると、なにやら固い、金属の丸い粒のようなものが靴底の一面にまばらに貼り付けられていた。

「これは……、磁石か?」

 ビーチサンダルの靴底の裏側に、靴底と同じ色の磁石が貼り付けられている。こんなものが靴底に貼り付けられていたら……。

「鉄製のグレーチングに貼りついて、転ぶ……?」

 筆入氏が転倒することは犯人にとって予測したことだったってことか?

 だとすると、

 だとするともう一つ越えなければならない壁がある。

 4つの履き物は、4人の眼前に置かれていた。

 誰がどの履き物を履くか、それは4人が適当に決めたはずである。

 文中にも、誰かが「これを履け」と指示していたり、誘導した部分は無かった。

 じゃなければ、犯人はビーチサンダルを履いた人を無差別ランダムに殺害したことになる。

 もし、自分がビーチサンダルを履くことになったらどうしていたのか?

 何かを見落としている……?

 僕はもう一度『サンダルでダッシュ!』を読み直すことにした。




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