五、回復してやろう

「なんだい、このひびひびのポーション瓶は?」


 黒いローブとは反する桃色の髪をした妙齢の少女。

 その佇まいと言動には落ち着きを感じるが、見た目はどう見ても少女だ。

 魔女っ子のような雰囲気を持ちつつ、深い知性を感じさせる瞳をしていた。


 いや、そんな事より今なんて言った?

 ひびひび?

 ひびひびって、私の事かぁ!?


 ゴミ捨て場からの大落下。

 耐久値が瀕死の状態になったガラス瓶は、見た目にも反映されているらしい。

 自分では自分の姿が見れないので分からなかった。


 咥えられたままの私を小さい手が持ち上げる。

 少女が下から透かすようにして私の細部を睨め付ける。

 ヤバい。ペットが拾って来たひび割れたポーション瓶。

 どう考えてもただのゴミだ。

 くっそー、女神に捨てられた時の事を思い出す。

 人の事をゴミのようにしやがってぇ。一寸の虫にも五分の魂だぞ?

 虫じゃないけど。


 しかし、ただでさえ用途がポーションを入れるしかないのに、ひび割れた空き瓶となれば、尚更必要ないだろう。

 これで、またゴミ捨て場行きか。

 ちょっとした冒険だったな。へっ、またこのごみ溜めに帰って来たぜ、とか言ってやるんだから。


 なんて、自棄になっていたら少女が意外な言葉を発する。


「……ふーん。この瓶、僅かに魔力を感じるね」


 魔力? あの魔力ですか?

 やっぱり私には、魔法を扱う素質があったんだわ。『光魔法Lv1』詐欺じゃなかったのね。

 少女は私を机の上に持っていくと、手を翳してなにやら呪文を唱え始める。


「……『修繕リペア』」


 私の全身を淡い光が包んだ。なにこれ暖かい。


「よし」


 少女が満足気に頷く。

 この少女、今魔法を使った?

 某かの魔法を私に掛けたようだ。


 最初の方は「万物のうぬうぬが……」なんて聞き取りずらかったけど、最後の言葉ははっきりと聞こえた。

 この少女は修繕リペアと言った。

 言葉から推測するに、壊れた物を直す魔法なのだろう。

 すかさずステータスを呼び出してみると、耐久値の値が12/12に戻っていた。


 やったーい! 瀕死状態から復活したぞー!

 『硬化Lv1』も習得したことだし、机から落ちたくらいじゃあ耐久値を全損したりしないだろう。

 この魔女っ子には感謝だ。

 物を大切にするって、素晴らしいね。

 私もこれからは大事にするとしよう。人間に戻れたらだけど。

 でも今世は無理ぽ。


「なにか魔法が掛かってるのは間違いない。マジックアイテムかというと、微妙なとこだけど……」


 歓喜する私を他所に、真剣な眼差しで私を検分する少女。

 へー、マジックアイテムとかあるんだ。

 私みたいなイレギュラーな存在は、何に区分されるんだろうね。

 やっぱりインテリジェンスウェポン?

 空き瓶は鈍器です。


「ありがとう、タロウ。面白そうな物を見つけて来てくれて」


 ワンッ! 少女の言葉に、一声鳴いて答える飼い犬タロウ

 やっぱり犬だったかー。お目が高いね、私を見つけるなんて。


 少女の机には様々な器機が置かれていた。

 机というか、部屋中に用途不明な物が置かれており、謎の液体を抽出するような器機もある。

 何かの研究室とでも言われれば、納得してしまうかもしれない。

 それらの要素を鑑みると、この少女の格好も相まって魔術師か錬金術師なのではと思ってしまう。

 事実、そうなのだろう。

 ただのコスプレ魔女っ子ということはあるまい。



「一見して変哲のないポーション瓶。だとすると、入れた中身に作用する魔法でも掛けられているのかな?」


 私は暫く少女にされるがままになっていた。

 虫眼鏡のような道具を机に置いた少女は、そう結論付ける。

 うーん、私はそうは思わないかなー。ただのポーション瓶だと思うよ?

 本人が言ってるんだから、間違いないわ。


 この世界の住人が見ても、私はイレギュラーな存在なのだろうか。

 こっちでホイホイそんなことやってたら、女神への不信感が募るものね。

 教会とか建ててもらえないかもしれないし。

 私みたいな別世界の魂は、女神の悪戯の格好の餌食だったのかもしれない。許すまじ。


 フッ━━と身体が宙に浮く。

 少女の手に持たれた私は、理科の実験で使うような木製の台座に設置される。

 ふむ? なかなかの収まり具合じゃない。

 空き瓶になったせいかしら。恐らくポーション瓶専用だろう台座に置かれた私は、抜群の安定感に心を落ち着かせる。


 それから、少女は色とりどりの液体が入った試験管のような物を用意する。

 赤、黄、青とガラスの筒に入った液体は、目に楽しい。

 まー、綺麗ねー。

 その色とりどりの液体を容器に入れてかき混ぜると……わぁ、ドリンクバーで失敗したみたいな色になったわー。


 そいつを右手に持ち上げて、蓋を外すと、瓶の口へと注ぎます……って、それ私ぃ!

 ぎえっへ、なにこの感触は!

 胃の中に無理矢理、物を詰め込まれた感覚だろうか。

 今までどれだけ衝撃を与えられても感じなかった私の身体が、瓶のに液体を注がれた瞬間、そんな違和感を初めて感じられた。

 わーい、何も感じない身体ガラス瓶にされたと思ってたけど、生きてるって実感できたわ。お腹の中が気持ち悪い!


「ちょっと、これで経過を見てみるか」


 そんな捨て台詞を残した少女は、扉を開けて部屋を出ていく。

 タロウも付いて行ってしまった。


 あー、何よこれ。気持ち悪い。

 こんにゃくをドカ食いしたようなお腹の違和感。

 胃もたれしたって程じゃないけど、あまり心地の良い感覚ではないわね。

 ポーション瓶って、皆こう思ってるのかしら。そりゃ、私だけか。

 ……にしても、何を入れられたんだ?


 自分の内容物というとグロテスクなものに聞こえるが、感覚を自分に向けてみれば、どどめ色の塊が確認できる。 

 空っぽの時は分からなかったけど、中身が入ると見えるのね。

 自分の身体を初めて見る事ができた。

 形はイマイチ分からないけど、肌色は一切ないわねー。ハハッ、女神許さぬぅ。

 これじゃ、服も着てないじゃないの。裸族か。

 人としての魂がある限り、人としての尊厳を取り戻すのよ。

 私は誓った。

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