一、嗤う女神

『パンパカパーン! 異世界転生ルーレット~』


 絶世の美女が、口でファンファーレを発しながら右手を掲げた。

 その手が指し示す先には、巨大なスロットマシンが無造作に置かれている。

 うん、これスロットだね。ルーレット違う。


『いいのよー、エスカレーターとエレベーターの違いのようなものよぉ?』


 絶世の美女が頭の悪い発言をする。

 この人、いや、この女神が神様だなんて、私は納得していなかった。


 私、朝陽クリアは不慮の事故で人生を終えた。

 人生を終えた筈の私がこうしてここにいるのは、神様からの慈悲が入ったからだ。

 どうやら、他人の為に身を投げ出して行動した結果、私は死んでしまったようなのだ。

 その時の記憶は、今の私にはショックが大き過ぎるので消してくれたらしい。なので、なにがあったかは分かってない。

 死の経験を記憶している者はいないからだ。

 人生にも影響を与えてしまうだろうからとの配慮らしい。


 それには感謝するとしても、今、目の前で行われている茶番はなんだろう。

 私の死を哀れんで、慈悲の手を差し伸べてくれた女神らしからぬ言動、行い。


『あなたにはこれから別の世界で生きてもらいます。同じ世界で生きてたら、おかしなことになってしまうものねぇ』


 その理屈は分からんでもないが、もうちょっと言い方ってものがないだろうかと、内心ズッコケた。

 ただ、無条件に転生させられる訳じゃないらしい。

 神様達の中でもイレギュラーな行いをする為、色々な条件を課せられるとの事。

 それが、目の前に置かれた異世界スロットルーレットなる物になる。


 巨大な三つのリールが並ぶ窓にはそれぞれ札が付いており、左から『技能』『属性』『種族』と書かれていた。

 異世界モノと考えれば、定番の用語が並んでいる。

 つまり、これで私に授ける恩恵を決定しようというわけだ。


『選べないの? と思ってるいようだけど、そこまで都合良くはいかないのよねぇ。神様にも色々あってねー、色々、色々よー』


 やたらと色々を主張してくる女神。

 別にどんな理由があるかは興味ないけど、決め方に問題があると私は思っている。


『あなたに分かりやすいようにしたつもりだけどぉ?』


 私はラスベガス生まれじゃねぇ。


『変ねぇ。大体のオンナは昼下がりからこれをすると思ってたけど』


 そう言って何かを握るポーズを取る。

 パチンコか!? そんな行為に昼から耽ってるのは極一部のオンナだけだよ!

 オンナを捨てに行って、欲望を買い込んでるんだよ!

 それに私は未成年だ。パチンコの画面でスロットが回ってるなんて、テレビで見たくらいだ。


『なんでもいいけど、ちゃっちゃと回しちゃって下さーい』


 イラッときた。

 私を転生させてくれる神様だけど、その辺にいるギャルと変わらないじゃないの。

 たかが一魂いちたましいに逆らう事なんて、できやしないんだろうけど。

 うちのおとーさんが上司とやらに電話でペコペコしてたのを思い出す。

 あー、ちょっとセンチになったかも。


 私は女神に促されるまま、スロットマシンの右側に取り付けられたレバーを引く。

 すると勢い良くリールが回転して、絵柄が変わっていく。


『さてさて~、何が出るでしょう~』


 気軽に言ってくれるけど、出た内容によって私の次の人生が変わるのよね?

 人の人生を『さてさて~』じゃないわよ、と思わなくもない。


 次第に減速する三つのリール。

 まずは一番左の『技能』が止まる。出た目は、『万物操作』?


『あらあら~、いきなり当たりですねー! なんでも扱いが上手くなる優れもののスキルですー』


 あ、技能って書いてあるけどやっぱりスキルなんだ。

 どこまでも適当だなこの女神。『あらあら~』じゃないわよ。


 次に真ん中、『属性』が止まる。

 出た目は『光』だ。


『あら! これは大当たりですねー! 光属性なんて、勇者にしか与えられない属性なんですよー?』


 女神の口から、勇者ときたもんだ。

 ということは、私が向かう異世界には勇者がいるということか。

 ちょっと、楽しみになってきたかもしんない……。


 最後のリールが動きを緩める。

 その目は『種族』だ。『種族』というからには、人間(ヒューマン)だけでなく、エルフとかドワーフ。それから獣人。竜人なんてのもいるかもしれない。

 ふふっ、新しい世界で強力なスキルと資質を持って無双する。

 王道の異世界転生とか、アリじゃないですかー。

 嫌だ、女神の口癖が移ったわ。


 テンションを上げる私の目の前で、最後のリールが減速する。

 最後だけいやに回転してる時間が長いのは、小粋な演出だろうか。

 この女神、エンターテイナーだな。


『うふふー、お楽しみのところ悪いんだけど、このルーレットは当たりばかりじゃないのよ? 確率は、時に残酷な結果を突き付ける事があるわぁ』


 ……なんだ? 人がせっかくいい気分になっているのに、わざわざ水を差すような事をいって。

 私って、良い行いをしたんだよね?

 それがあるから、私に次の人生を楽しく過ごせるように、特典を授けてくれるって話なんだよね?


『うーん。私はそんな事、一言も言っていませんよぉ?』


 ……は?

 どうして、そんな事を言うの?


『いえー、神様相手によくそんな事を考えられるなーって。人の世にも伝承などで伝わっている筈ですよねぇ? 欲に駆られた者が、どういった末路を辿ったのかを……』


 欲? 私が欲望にまみれてるっての?


『それと、私は仮にも神様ですから。のは、関心しませんねぇー?』


 うわ、根に持ってるこの女神。

 心が読まれてるのは知ってたけど、ここでは嘘がつけないみたいだから、不可抗力だと思ってた。

 神様の前では、全てを見透かされるという事だ。


 微笑みの女神の顔が、邪悪に嗤った気がした。

 女神は慈悲の手を差し伸べてくれたんじゃなくて、私というイレギュラーに対処していただけなの?

 そんなのって、ないよ……。


 最後のリールの目が止まる。


 そこに記された文字は━━。


『あーら、素敵な種族ですねぇ。「空き瓶」ですってよぉ?』


 空き瓶……?

 エルフでもドワーフでもなく、『種族』が『空き瓶』って、どういうこと?


『そうですねぇー。ゴミって事じゃないですかぁ~?』


 今まで微笑みを崩さなかった女神の目が、薄く開かれた。

 その目は、まるで本当にゴミを見るような目で。

 女神の眼光に射ぬかれた私は、意識が暗転するのを感じていた。


『それでは、良い異世界生活を~』


 最後に届いた声が、私の意識を黒く塗り潰した。

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