転生したらポーションの空き瓶だった

猫地獄

一章、種族は空き瓶

プロローグ━━動かぬ身体

 ━━ガチャン!


 乱暴に衝撃音で、私は意識を取り戻した。

 むうう?

 はて、何か嫌な事があった気がする。

 テストで悪い点を取ったのか、友達と喧嘩したからなのかは分からない。

 とりあえず、私の気分を落ち込ませるような事があったのは、確かなのよ。

 ……なんだったかしら?


 不思議と意識が朦朧としている。

 正体が分からない漠然とした不安に苛まれる。

 それとは別に、妙に達観した気持ちもあった。

 何かとんでもない事があったのよね。私の身に、何かとんでもない事が起こった……。


 身体? ふぬっ、そういえば身体が動かない。

 そもそも辺りは茶色い壁に囲まれていて、恐らく私は立たされているのだろう。

 ……なにか、おかしいな。

 状況が頭に入ってくる。曖昧だった意識が、鮮明さを帯びていく。

 気づくと私は、四角い密室に閉じ込められていた。


 なに? これは、なんなの!?

 悲鳴を上げたつもりが、声が出なかった。

 猿轡でもされてるのだろうか。どうにも異常な事態にあるのは間違いなさそうだ。


「これで最後か?」


「おー、さっさと片して昼飯にしよーぜー」


 男の声が聞こえてくる。

 二人程、気軽に会話する声だ。


 まさか、誘拐?

 考えられうる事態の説明に、脳が結論を求めようとする。

 声のした方へ意識を向けると、私の視界が切り替わった。

 四方を囲まれた空間から、天井を見上げた形だろうか? 同じく四角に切り取られた空間は、青い空を映し出している。

 あれ、ここって屋外なの? それとも、天井だけ?


 改めて、意識を周囲に向けてみる。

 すると、不思議な感覚だけど見渡す事ができた。

 ……???

 これ、どうやって見てるのかしら。


 私がいるであろう四角に囲まれた空間は、四方の壁と同じ素材の床。天井だけが解放されたもののようだ。

 それが、一度に全部視認できる。

 こんなの全身に目玉がない限り無理な筈だ。

 全身目玉か、目玉の親父か……。

 例えがおかしかったわね。さしずめ、カメレオンになったとでも言えばいいだろうか。


 壁の材質は木みたいだ。

 木製の狭い囲いの中に、私は立たされているらしい。

 身体が動かないところを見ると、縛られて棒にでも括り付けられてるんだろうか?

 なにそれ怖い。映画でしか見たことない。

 目隠しされてないだけ、まだマシか。


「さてっと、今日もよく働いたな」


「バッカだな、まだ昼になったばかりだぞ?」


「できることなら、このまま帰りてーよ」


 誘拐犯と思われる男達が会話している。

 まるで清掃業者の昼休憩のように、のんきな会話の内容だ。


 なんて、恐ろしい人達。

 人一人を拐っておいて、ゴミ袋を回収してきたのと変わらない気安さで話をしている。

 そんな鬼畜共に、私は捕まってしまったんだ。

 恐ろしさで全身が震えてくる……震えないわね。あまりの出来事に身体が追い付いていないのね。

 私ったら、かわいそう。怯える事さえできないなんて。



「よっし、働くか」


「あー、だりぃー。このまま帰りたい」


 その後もあーだこーだ身のない話をしていた男達の、昼休憩が終わったらしい。

 どうでもいい話だけど、労働者としてよくある話をしていた風だ。

 上司の愚痴だとか、働きたくないけど生活するのに金は必要とか、そんな下らない内容。

 誘拐犯にも色々あるんだなー、と変に共感してしまうところだった。


「よっし、じゃあ後始末して次行くか」


「そうだなー」


 聞き捨てならない単語が聞こえた。

 後始末をする……? それは、ナニを始末すると言うのだろうか。

 囚われた私。次の仕事に向かう誘拐犯。その彼らが始末しようという対象は……当然、私!

 ぎゃー! 助けて、許して何もしてないじゃない私ー!


「気を付けろよ? それ、結構重量あるからな」


「あー、そろそろ腰を大事にせんといかん歳よなぁ」


 なんか年頃の乙女に対して失礼な事を言ってる。

 私は痩せ型の方だわ! 寧ろ、もう少し肉が付いて欲しいくらいだわー! 主に限定的な部分で!


 迫る悪漢達の魔手。

 逃げるどころか身動き一つ取れない私。

 私は、こんな訳の分からないところで人生を終えてしまうのか……。

 まだ、社会に出て働いてすらいなかったのに。

 恋も。クラスの女子達がきゃいのきゃいのしてるのを、遠巻きにして「私はそーいうのまだいいし」とか、スカしてるんじゃなかった。

 せめて、キスぐらいはしときたかったわよー私の人生!


「はー、やるかー」


 ぬっ。

 ふと、視界が暗くなった。

 意識をそちらに持っていくと……えぇー!? デカい!!


 天井から見える青空を、埋め尽くす程に巨大な顔が現れた。

 どうしてこんな巨人がいるの?

 意味が分からない。ここまで異常事態のオンパレードだったけど、さすがにこれは意味が分からなさ過ぎるわ。


「よっ!」


 脳に伝わる浮遊感。

 信じられないことに、巨人は私のいる部屋ごと持ち上げてしまったようだ。

 どういうことだろう? どうしたことだろう?


 一体、どこの世にこんな事態を想定している人がいるというのか。いや、いまい。

 パニックとはこの事を言うのだろう。ええ、私はパニックです。


 少しの浮遊感の後、巨人が気合いを込めた声を上げた。


「そうれぃ!」


 ぎにゃー!

 世界がひっくり返った。

 私の華奢な身体が宙に浮き上がり、四角い部屋の空いた天井から放り出されてしまった。

 棒に縛られてたんじゃ、なかったんかい。


 それと同時に、隣の部屋からもナニカが飛び出して来る。

 ここには私だけが囚われていたんじゃないのね。私の他にもこの巨人に捕まった人達がいたんだ。

 同じように宙に放り出された仲間達に意識を向けると━━透明な筒状の物が無数に飛び出していくのが見えた。


 あれ、なにかしらあれ?

 どう見ても人間じゃない。あれは、巨大な瓶だろうか?

 形は見慣れない形だけど、まるで牛乳瓶のようなガラスの瓶達が、宙を舞っている。

 理解不能、理解の限界点。

 私の理解のK点を越えましたわ。


 私を、宙を舞った瓶達は重力に引かれ真っ逆さまに落ちて行く。

 待って。このまま落ちたら転落死は言い過ぎにしても、どこかしら怪我をしてしまう。

 結構な高さから放られた私は、やっぱり始末されるのだろうか。

 下を見る。いや、全てを見る。


 振りかぶられた木箱。

 清掃服を来たおじさんが二人。

 辺りを埋め尽くすゴミの数々と、それを収納する巨大な穴。


 ━━状況が分かった。

 あの人達は誘拐犯なんかじゃない。私は誘拐されたんじゃない。

 私は、んだ。他の瓶達と


 思い出したわよ。


 ここは、ゴミ捨て場。

 不要になった空き瓶は、ゴミとして捨てられるのは当たり前。


 ここは、異世界。

 最初のスタート地点から、なにもかもを間違ってしまった異世界生活が、とっくに始まっていたのを私は思い出した。


 ぼすっ。

 溢れ出した嫌な感情と共に、悪臭を放つ穴の底へと着地した。

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