第14話 十四

十四

 それは、全くの偶然。

 桜が散り、暑い季節を迎える前の4月の終わりのこと。

 そして俺がたまたま大阪の繁華街、道頓堀を歩いていた時。

昔俺の隣にいた、よく見た顔の女性が一人でそこを通りかかった。

「……あっ」

「えっ!?」

向こう側もこちらに気づき、妙な空気がそこに流れる。

「あ、あの……ですね」

先に話しかけたのは俺の方。しかしその言葉はなぜか敬語で、どこかぎこちない。

「……はい」

「久しぶり、ですね」

なぜか敬語を継続する俺に、彼女もそれを指摘するでもなく同じように返す。

「……久しぶり、ですね」

「……あの、新しい彼氏はできましたか?」

 こんなことを訊くのは、全くの想定外。

 そもそも俺は、この女と会うつもりはなかった。

 だからこんな展開になるとは……、自分でもびっくりであった。

 そして次の言葉が、俺をさらにびっくりさせる。

「うち……、結婚が決まったんです」

「……えっ!?」

俺は一瞬フリーズしてしまったのだろう。その直後、どう表情筋を動かしていいのか分からない。

「……うちの相手は、父の知り合いの方です。ちなみにその人は阪神ファンで、優しい方なんです」

「そうですか」

俺はここで泣くわけにはいかない。大好きな人の門出を祝わなくては。

「だから……、今日は偶然でしたけど、こうしてお会いするのは最後になるかと思います」

「そうですね」

「朋也さん、今まで楽しかったです!ありがとうございました!」

そこで彼女の言葉のトーンが変わる。しかしぎこちない敬語は変わらない。それは俺たちの今の関係性を表しているのか、そうでないのか。

 少なくとも、俺たちの恋はここで終了してしまう。それだけは確かだ。

「俺も楽しかったです。ありがとうございました」

「じゃあうち、これで……」

「はい」

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