第8話 八
八
「ああ~そこ何で打たへんのかなあ~!」
「その場面で何でストレート選択?一旦変化球やろそこは!」
その日、勝利の女神は不発であった。
「もう~何で~!」
その女神は俺の隣で愚痴ばかりこぼす。その声も大声。まるで周りに大勢いる俺と同じ巨人ファンなど全く見えていないかのようだ。
「……まあこれが実力差ってやつじゃないの?」
「何でそんなこと言うかなあ~!……もしかしてうちのパワーが今日足りてへんのやろか?」
「はい?」
「いえいえ何でもないです!」
俺はその瞬間の彼女の表情の変化に気づいた……が、野球場での喧騒に呑まれてそれを特に気にせずスルーする。
しかし、俺の心にはある変化があった。
相手は阪神ファンだ……だが、俺はこの女といると楽しい。それは頭ではなく、心がそう言っている。相手の声。仕草。何かに夢中になる時の表情。そういったものが俺の心臓、血液を刺激する。彼女といると、妙に心臓のビートが速くなる。それは野球場の興奮からくるものではない。また、俺の交感神経がいい意味で高まる。さらにチェンジの時などふとした休憩時間。俺の副交感神経は、彼女と共に安らぐことができる。
「ああ~今日は負けちゃいました。でも次は勝てると思います!」
相手の「次」というさりげない言葉に俺は少し反応する。
しかし……とりあえず話の主導権を俺は握ろうとした。
「あのさ」
「はい!」
「……俺といると楽しいか?」
「はい、今日は楽しかったです!」
「そうじゃなくて。俺と……付き合わないか?」
俺はこんなキャラじゃない。好きな女にこんな不器用な接し方、俺はしたことがなかった。この歳でこんな……、何かかっこ悪りぃな俺。
「……うち、前にも言いましたがこう見えて阪神タイガースの勝利の女神なんです」
「えっ?」
「でも、今日は負けちゃいましたね」
「……あのさ」
「それ、うちの集中力が足りてへんかったんやと思います」
「……」
「うち、朋也さんといるとそっちに気がとられます。それは……朋也さんが気になるからやと思います」
「……えっ?」
「うち、朋也さんが好きです。そやからこちらこそ、よろしくお願いします!」
「ありがとう!」
俺たちはこうして、付き合うことになった。
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