第7話 七

 その後の流れは、自分でも早かったような気がする。もちろん、俺はその女をいきなり好きになったわけではない。つまり、それは「一目惚れ」ではなかった。

 ただ俺は……、無性にそいつと東京ドームに行きたくなった。野球ファンのそいつは、生で野球を見るとどんな表情をするのか?やっぱり最初に出会った時のように喜怒哀楽が激しいのか?それとも俺の予想もできない顔をするのか?そんなことが気になった。

 あと、彼女は阪神ファンだ。俺はおそらく阪神よりも一回り強い、と自負している巨人がそいつのひいきチームをコテンパンにやっつけるのを生で見たい、という若干Sな感情もなかったと言えば嘘になる。

「えっ、いいんですか?うちも行きたいです!」

そんな筋金入りの巨人ファンの申し出を、彼女、中村香織は快諾してくれた。その時はたまたま電話で確認をしたのだが、彼女の声はただでさえハスキーなのにそれが少し裏返ってさらにかすれて聞こえた。そして、そんな様子から彼女の嬉しそうな様子が、顔が見えないながらも伝わってくる。

「でも覚悟してくださいよ!うち、阪神にとって勝利の女神なんです!今までうちが応援に行ったら……、8割がた阪神が勝ってます!」

「へえ~すごいじゃん!でも今回は残り2割になるよ」

「もう~そんなこと言ってられるの今のうちですよ!」

彼女はやはり野球になるとムキになる。そしてその表情はどんなのだろう?俺は見えないその表情を頭の中で勝手に復元してみる。

 笑いながら、朗らかながらも目は巨人への闘志むき出しなのだろうか?それともそもそも笑っていないのだろうか?そんな表情の復元はなかなか楽しく、俺は東京ドームで早くその答え合わせをしたくなった。

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