第20話 ヘタレ

ローズは一人恥ずかしがっていた。

「言ってくだされば良いのに。」

あっけらかんと初めてお会いした方に言われた内容は、きちんと考えたらわかるような簡単な事実だ。

サイオンも今まで、言いたくて言えなかったのだろうか。裸の王様みたいではないか。私がずっとアーサーを演じていたのを、御令嬢が頑張って男装しているように見えていたなんて。


変な汗がでてくる。


それにしても、サイオンにきちんと想いを伝える、って結構難しいことじゃない?


タイミングもあるし、何故か最近一緒にいると変に緊張するのよね。


サイオンが他の御令嬢と話しているだけで、ソワソワしてしまい、気持ちが落ち着かず、失礼な態度を取っていないか気になってしまう。


それもこれも、きっとサイオンが優しくて無意識に甘え過ぎていたせいだと思う。


サイオンは歳下を甘やかせてくれる天才だと思う。だから、人気があるのだわ。マネキンとしてではなく、男性として。


胸板の厚い筋肉のしまった体躯を思い出し、やはり理想的な身体だな、と思う。ふと、ローズがちゃんと想いを口に出せば、押し倒される、と言う言葉を思い出し、実際に合ったことでもないのに、想像してしまって、余計に恥ずかしくなってしまった。


サイオン様にキスされるようなことを言わなくてはならないの?


ローズは想像力が、豊かすぎて混乱していた。


だから、サイオンが来たときに、緊張してしまうのは仕方がないことだった。


「大丈夫ですか?何かありました?」

不思議そうに、上から顔を近づけてくるのをやめてほしい。


ボーッと見てしまって恥ずかしい。


ああ、今何をしても、恥ずかしさを感じてしまうのはサイオンを意識しすぎてるせいだ。


顔を見ると恥ずかしさが高まる。


「あの、サイオン様。後ろを向いて下さいますか。」

「え?あ、はい。」

素直に後ろを向いたサイオンの背中に向かって、「最近、私サイオン様のことを考えるだけで、ドキドキしてしまって、緊張してしまうので、変な態度を取ってしまい、ごめんなさい。あの、嫌いとかではないのです。むしろ、あの…」

サイオンの背中がプルプル震えている。


怒ってしまったかしら。


「あの…頼りにしています。」


「…あの…サイオン様?もうこちら向いていただいても、大丈夫です。」


声をかけたものの、サイオン様は大きくため息をつかれたのち、小さな声で、


「ああ、僕がまだ無理です。」

と言って、顔を覆った。


マリカ達の賭けは外れだった。


しばらくの間、サイオンはこちらを振り向かなかった。






サイオンはローズに後ろを向かされる。戸惑いながら、その通りにすると、ローズの告白が唐突に始まって、びっくりした。


しかもサイオンに向かってドキドキしたり、緊張したりすると言う。

それは、自分もだ。ローズがそばにいるだけで幸せだし、緊張するし、変な汗をかく。


好きだ、と一言も言ってはいない。けれど、それはこちらから言うべきだ。


ローズの話が終わったらちゃんと言おうと思う。けれど、終わってからも中々顔が見られない。きっと真っ赤な顔をしているはずだから。


サイオンは色恋にずっと興味がなかった。だから学生の頃、恋愛にうつつを抜かす友人の気持ちはよくわからなかったし、女性は素敵だと思うものの、根本的な部分ではよくわかっていなかった。


ローズの顔をじっと見つめてしまう。ここでキスの一つでもしたらいいのに、ただ見つめてしまう。近づいて抱きしめる。これが精一杯だ。


後ろの方で、何か言いたげな瞳がある。

ヘタレとでも言いたそう。

と言うか、今呟いた気がする。

ローズの近くにいつもいる侍女が、不甲斐ないサイオン呆れているのがありありとわかる。


もう少し隠せませんかね。いや、悪いのはこちらだ。


抱きしめるのをほどいて、ローズの手をとりくちづける。


これだけで精一杯。


「ローズ嬢、貴方を大切にします。」


ローズ嬢が、顔を赤くしている。何だ、この羞恥プレイは。


お互いにいっぱいいっぱいな自覚があり、酸素が少なくて、クラクラするので、日を改めることにする。


最近ドキドキしすぎて、死ぬのではないかと思う。


こんな状態で結婚なんて本当にできるのだろうか。誰かに相談しなければ。


こんなとき、相談できる人が一人もいないと気づき、絶望を感じる。自分から売り込みに来る人はいるものの、そんな人に話せば、翌日にはいい笑いものだ。


けれど、競い合いとかではないから、自分たちのペースで歩み寄れば良いわけで、ああなってしまうのが、当然だと思う。だってついこの間まで、お互いに興味すらなかったのだから。


結婚までにドキドキまでは来たのだから、キスぐらいまではしておきたいのだけど、どうしたらいいか誰か教えてほしい。


あんな可愛い婚約者に、これ以上ヘタレな私がどうやって何ができるか、教えてくれないだろうか。


侍女の隣に見慣れない男がいて、サイオンを残念なものを見るような目をされた。その男こそが、最初に取り入ろうとしたレオンその人だと、サイオンは気がつかなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る