第19話 良い友人

サイオンが侍女に教えられた店に行き、女に声をかけられて場所を移動し、屋敷に入り、屋敷からでてくるまでの一連の流れをよく回らない頭で、全て見ていた者がいた。ローズの侍女のマリカである。


女はともかく、サイオンの様子に困惑しているような雰囲気を感じ取ったものの、もしかして、この人までクズなのでは、とお嬢様を守るものとしてはみないわけにはいかない。


好奇心に抗えなかっただけでもあるが。


マリカはいつもは冷静沈着であり、暴走しがちなローズを諫める立場だが、ロマンス小説が好きで、人の恋の話には食いついてしまう。その話がドロドロであればある程、どこかの陰にかくれて、盗み見たい衝動に駆られる。


サイオンは、お嬢様の婚約者で、怪しい女と二人きりでいるから、これは、見届けなければ、という建前のもと、監視していたのだが。


サイオン様の性格上、やはりと言うべきか、期待外れと言うべきか、何もやましい事は起こらなかったらしい。


去る後ろ姿に、クズの汚名を着せられなくてよかったですね、と失礼なことを思い、見送ったのち、お屋敷に帰る。


ローズからお遣いのお願いがあって、品物を渡すとローズが嬉しそうな笑顔になった。


サイオンから、伺う前触れが届くと、マリカの気持ちが騒めいた。

ローズはとても機嫌が良さそうで、マリカはこれにもおや?と思った。


自分のこと以外、興味のなさそうなお嬢様にあんな顔をさせるなんて、つくづく勿体ない。サイオンがもう少しクズならば、お嬢様の恋に溺れる様子を見れたかも知れないのに。


お嬢様の侍女にはあるまじき考えだと自分を戒めるも、ぼんやりした二人のスパイスとして働くべきか考えあぐねていた。


私がしなくても、さっきの女性が動いてくれたら面白いのだけれど。サイオンとローズの縁談が潰れたとしても、侍女として近くにいたいので、余計なことはしないようにしたい、と思う。


サイオンとローズがお似合いだとは思うのだが、どうにかしてもう少し色気をだしたいと、マリカは思う。余計なお世話かも知れないが、お嬢様により幸せになって貰いたいと思うのは仕方ないので、諦めてほしい。


サイオンが来るまでに、あの女性のことを言ってしまうべきか、悩む。悩んでいると、サイオンが来てしまった。


サイオンの顔を見たら、何を言うのかわかってしまった。マリカはほくそ笑む。これで拗れたら、面白くなるのに。


ローズを魅力的な女性にするためなら、心を鬼にするわ、と言う建前のもと、好奇心から二人の様子を見守った。



サイオンの話を一通り聞いて、ローズの頭に残った思いは、マリカには頭の痛い話だった。


「お嬢様、またよからぬこと考えてますよね?」

ローズは最近、男装に自信を持ちすぎている。第二王子に嫉妬されたり、街歩きで、バレなかったり。だが、第二王子は、伝聞だし、街歩きは違和感があったものの、気を遣って言われなかっただけで、側からみるとバレバレだった。


いくら男装でも、元々の顔立ちが女性すぎるのだ。だから、早いうちに気づいてほしいのだが、ローズはなかなか頑固なところがあり、こうと決めたら譲らないので、一度痛い目を見るのも良いかもしれない。


マリカはサイオンに言い寄ってきた女性に関するある話を知って、ローズに知らせなかっただけだ。


何よりローズが男装して彼女のことを調べたいと思うのは、本人は知ってか知らずか、サイオンに対する気持ちからだと思っているので、主人の初恋を応援したかった。


一度痛い目を見れば、おとなしくなるだろう。


そうして、サイオンには何も伝えずに、彼女を調べるためにローズはアーサーになって、彼女に会いにいく。


マリカは、サイオンに聞いたと言って、彼女の屋敷の近くにローズを連れていくと、そこで彼女が通るのをひたすら待つ。


まあ、来ませんよね。


毎日、歩き回っているわけでもないし。彼女は平民だから、働いているわけです。


「お嬢様、彼女は平民なので、働いているからこちらに来られないのでは?」


ローズは、はっとして、何やらぶつぶつ呟いていたが、時間を潰すためにいつもの手芸屋さんに向かうと、今日の目的すらも忘れて、一心不乱に布地を探し始めた。


マリカは、ローズの背後から眺めていたが、見ているものに、今まであまり見向きもしなかった他の人の目線が入っていることに気づく。


だてに幼い頃から、お嬢様のお付きをしていない。ローズの心に誰かが入り込んでいて、それは確かに良い兆候だと思う。


漸く現実にも気を向け始めたお嬢様に嬉しくなると同時に、暴走がこれ以上激しくならないよう注意して、見守ろうと誓った。


お昼を過ぎて、もう一度、元の場所に戻ろうとしていたら、お目当ての彼女が声をかけてきた。


「あら、貴方アーサーね?」


あら、ご存知なの?

マリカは身構えたものの、以前みた彼女とは違う雰囲気で現れたようで、少し混乱する。


ローズも何か考えているようだが、こちらから表情を確かめることは出来ない。


「私をご存知なのですか?」

「ええ、貴方有名よ?あのサイオンと婚約した男装好きのご令嬢よね?」


あ、全てバレてますね?


「バレバレよ。可愛すぎるもの、男性にしては。」


ローズはあっけらかんとした彼女に惹かれているようで、警戒心をなくしたように見える。


我が主人ながら、単純すぎるとマリカは思い、だからこそ、こちらがしっかりしなければ、と身構えた。


「ねえ、立ち話も何だから、家に入らない?ここ、家なの。」


誘ってもらって、中に入って話しているうちに警戒してるのも馬鹿らしくなるほど、ローズは楽しそうにしていた。

彼女は、サイオンが言うように危険な女性には思えなかった。




「心を入れ替えたの。」

学生時代、野心まみれだった彼女は卒業してから、伯爵の後家に入ったらしい。


そこは、辛く厳しい生活なのだろう、と思っていたが、まるきり違った。


伯爵は不器用なりに愛してくれたし、後継の息子は息子で、血の繋がりのない若い母を尊重してくれた。


使用人も優しくて、わからないことはちゃんと教えてくれるし、馬鹿にしないし、良い人ばかりだった、と。


伯爵が亡くなったあと、彼女を心配した息子が、ずっと家に居られるようにしてくれたらしいが、結婚相手は嫌がるだろうし、平民として生きられるように、伯爵が元気なころから準備はしてきたから、大丈夫、と断って、手切れ金に小さなお屋敷をもらうことで落ち着いたらしい。


学生時代の自分を知っている人には、サイオンのような態度を取られることはある。だが、ローズには会って見たかったと、顔をキラキラさせて、話す彼女にマリカは、案外良い人なのでは、と思い始めていた。


「どうして、私に会いたかったのですか?」

「え、だって知りたいじゃない?あんな仏頂面の堅物なサイオンをその気にさせる令嬢が、男装して、内緒のデートをしているなんて。貴方の周りは、豪華過ぎてバレバレなのよ。」


マリカ含め皆が言いたかったことを代弁してもらい、マリカは彼女を良い人に、認定した。


ローズは最近自信を持っていたせいか、顔が赤くなっていき、恥ずかしそうに手で顔を覆っている。


「平民だと、嘘っぽいから、貴族の男に変装するのはどうかしら。無駄にキラキラしていても、貴族なら、誤魔化せるんじゃない?」


ローズは頷きながら、騎士団の制服の話などして、盛り上がっている。当初の目的とはかなり違うものの、何もなくて良かったと安堵すべきだろう。


ローズもこころなしか、ほっとしているように見える。


マリカは侍女として、二人を観察して、ほっと一息をつく。良い友人になれそうでよかった。


「あの、お嬢様、口を挟んでも?」

「ええ、何?マリカ。」

「あの、こちらのお嬢様に、男性の誘惑の仕方を教えて頂いたらどうでしょうか?お嬢様に足りない色気をお持ちなようですし。」

「ええっ?あ、そうね。足りない…わよね。確かに足りないわ。」

マリカとローズの会話をニヤニヤしながら聞いていた彼女でしたが、首を振り、「サイオンに色気は通用しないから、貴方はそのままで良いと思うけど。」と笑った。


「でも、一度でいいからサイオン様をびっくりさせたいのです。」

「それは、貴方がちゃんとサイオンに思いを伝えることができたら、それが一番サイオンには効くと思うわ。騙されたと思って一度伝えて見たらどうかしら?」


「私はそのまま押し倒される、にかけるわ。」

「では、私は、そのままキスされる、にかけます。」

「待って、二人とも。怖いこと言わないで。」


不穏な女子会はしばし続いたが、楽しい時間を過ごすことができて、ローズは満足そうだった。

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