第18話 元婚約者?
王子が漸く本人の状況を受け入れてくれて、ローズを手放してくれたおかげで、サイオンは充実した日々を送っていた。
仕事があるため、毎日会うことは叶わなくともほぼ毎日手紙のやり取りをしている。
ディアンが、毎日催促してくるので、頑張って書いている。ディアンはどうやら、自分の婚約者がまだ幼い少女なので、まだ自分に猶予があると考えている。その猶予期間中に妹の結婚は、すませたいのだと言う。
早くローズがサイオンと仲良くなれば、安心できるとでもいうように、最近では、兄の役割すら、サイオンに押し付けてきている気がしている。
ローズに世話を焼きたいと、思うのは同じなのだが、恋愛の前に家族になるのはいかがなものかと、思う。
ローズは男装以外に何が好きなのか、わからない。ディアンに聞いてみると、手仕事が好きなので、それに関する物はどうかと言われた。
そう言うのって、うちでは侍女がやる仕事なのだが。侍女にきいて、行きつけの店を教えてもらう。何軒かあって、それぞれの特徴をきく。
今度、ローズを、連れていくために、まずは一人で下見をしていると、
「あら、サイオンじゃない?」と、聞いたことのある声がした。振り返ると、昔学校で一緒に学んでいたクラスメイトがいた。彼女は、子爵家の庶子で、卒業後どこかの貴族の後家になったと聞いたが。
目鼻立ちのはっきりした派手な顔で、割と人気はあったが、サイオンは苦手なタイプであまり近づかないようにしていた。
婚約者のいる男ばかり狙っていたので、当時婚約者のいなかったサイオンは、狙いから外れていて、丁度良かった。
どうして私の名前を知っているのだろうと思いつつ、「お元気そうですね。」と返事をする。
「なあに?その喋り方。私たち、同じ歳よ?昔みたいにもっと砕けて話してよ。」
お前は砕けすぎだし、私と話したことなどない。
サイオンは心の声を、笑ってごまかした。
女は、ベタベタとサイオンに触り、サイオンは顔をしかめたが、全く気づかない様子で馴れ馴れしい。
「最近、婚約されたのですって?おめでとうございます。」
婚約した男がすきな、女だから、サイオンが目に止まったのかと、逡巡していると、女は更におかしなことを言った。
「元婚約者として、嬉しいわ。貴方が幸せになってくれて。」
いや、お前と婚約したことはないのだが?
正直この頭のおかしな女と関わり合いになりたくないものの、聞き捨てならない言葉を聞いてしまい、迷っていると、何を思ったか、誘われてしまった。
「少し話さない?その感じだと、知らなかったのでしょう?私と婚約してたって。」
「いや、たしかにそうだが…」
二人きりで会うのはまずい気がして、言い淀んでいると、
「じゃあ、貴方の婚約者に話してもいいのね。」
サイオンはため息をついた。どちらにしても断れないようだ。
「どこに行くんだ?」
サイオンの苦手な笑い方で、女はニッコリと笑い、ついてくるように促す。
近くの屋敷に案内された。使用人は少ない。伯爵夫人なのに、どうやら冷遇されているようだが、昔の所業からみて、それは当然のことだと思われた。
「今失礼なこと、考えたでしょ?」
お茶を運んできた侍女を下がらせて、女自らお茶を運んでくる。
部屋に二人きりはさすがにまずいだろう、と思う。このお茶に何か入ってたりはしないよな。女が先にお茶を飲むが、まあ、何もない。毒は入ってなさそうだが。まだ、媚薬入りの線は捨てられず、飲む気も起こらない。
見透かしたように女は、笑ったが、サイオンはここにきたことを後悔し始めていた。
「ここは、手切金にもらったの。今はただの平民よ。」
なるほど。だから、新しい寄生先を探しているのか。
サイオンは、席を立つ。
「悪いが用事がある。今日はこれでお暇する。」
女は余裕の笑みを崩さない。
「では、また後日、お会いすることになりますわね。」
女はそう言ったが、もうサイオンに会う気はなかった。家に問い合わせて婚約の話は確認するつもりだし、女が余計なことを言う前に、ローズにもきちんと話をしよう。
足早に、サイオンは屋敷を出て、自分の家に帰る。女が、新しい寄生先としてサイオンに狙いを定めた、と言うことなのかはわからないが、確かに巻き込まれそうな、予感はしている。
女がローズに危害を加えることはなくとも、ローズの周りをうろちょろされるのも困る。
だが、腑に落ちない。騎士と言え、平民のサイオンに寄生する意味は何だ?
近衛騎士だからか?
王族に近づくつもりか?
とは言っても、近づけるのは騎士であって、他の者は決して近づくことはできないのだが。
まあ、ローズは別として。
ローズは、王子の方が興味を持っていたから、本人の意思など関係がないし、ローズ自身は近づきたいとは思っていなかったし。
ローズのことを考えて、ふと思う。
女の話をローズにしてはたして、焼きもちを焼いてもらえるのか?と言う事実に思い当たって、しばし考えこんだ。
一旦実家の伯爵家に寄り、後を継いでいる兄を訪ねる。兄とは性格が合わず、あまり近寄らないようにしていたが、兄としては、弟の突然の来訪を歓迎した。
サイオンはさっきあったことを手短に話す。元婚約者と言うのは本当か、兄が当主になる前の話なら、知らないかも知れないと思ったが、兄は知っていた。
少し目が泳いだのを、サイオンは見逃さなかった。
兄の性格は真面目で一途なサイオンと違い、最近は落ち着いてはいるものの、かなりのお調子者。美人に弱く、誘惑に簡単に引っかかる。兄の奥方は、サイオンの性格に近い。手綱を緩めることなく、兄をしっかりと教育しているので、最近はとんと大人しく女性関係のごたごたはほぼ無くなったと聞く。
兄の性格のおかげで、学生時代、兄と同じように誘惑されることが多かったサイオンは、煩わしさから兄と関わりを持たなくなった。サイオンは誘惑に一切乗らず、拒否反応を示したが、それは疎まれるどころか、誠実な弟として、評価はむしろあがり、兄を凌ぐ人気があった。ただ本人は預かり知らぬ話だった。
サイオンは誘惑に乗らないから、兄を陥落させれば、弟が手に入ると考えた人間がいてもおかしくない。
つまりはそう言うこと、らしかった。
「いや~、ごめんごめん。俺、ベロンベロンでさ~、お前の名前言われて、書類にぱあっと書いちゃったんだよね。はは。あ、でも、向こうから婚約がなかったことにはしてもらったから傷はないよ。ごめんね。でも、意外だったなあ。お前が婚約だなんてね。近い内に会わせてくれるんだろ?楽しみだなぁ。」
ニコニコしながら、話し続ける兄に、怒りはあるものの、ああ、こういう奴だった、と呆れるのもあって、真相はわかったから、もし、ローズと駄目になったらおまえのせいだ、と捨て台詞を残すにとどめ、辞した。
兄の性格上、弟に嫌われたくないから何とかしてくれるだろう。ああ見えて、伯爵としては優秀だから。兄の奥方も、こちらの味方になってくれるだろう。
なんだかんだ、言いながら結局は兄に頼ってしまう自分の甘さを痛感しながら、ローズに伺いを立てる。今からすぐ会って話がしたいと思った。放っておいたら危険な気がする。ローズの心が永遠に失われる事態は避けるべきだ。
貴族の娘は政略結婚のため、心をとじることで、自分を守る。愛されなくて良い、と思われてしまうと、それを崩すのに、時間がかかる。だから、そうなる前にローズの心が頑なになる前に、好きになってほしい。可能性が少しでもあるなら、足掻いてやる。
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